社交不安障害 疾患の詳細

社交不安障害 疾患の詳細

この記事のもくじ

不安障害は、単なる不安が苦しみになる

 社交不安障害は「不安障害」の一種です。このほか不安障害として分類される病気には、「パニック障害」「強迫性障害」「全般性不安障害」「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」「新型うつ病」「社交不安障害」などがあります。いずれも「不安」という症状が共通しています。不安を感じない人はいないように、不安は人間に生まれながらに備わった生きるうえで大切な感情の一つで、安全確保のための契機となっています。もし、人間が不安を感じなかったら、常に危険にさらされて生命すら危うくなります。その意味で、不安という感情は一種の自己防衛能力といえます。

では不安障害のときに感じる不安どういう不安かというと、「不安の程度が過度に強くなった場合」「不安に対して不安を抱くという悪循環が成立した場合」という2つの特徴をもっています。一つ目の不安の程度ですが、人間であれば誰でも理解できる範囲の不安であっても、程度が強すぎると苦しくなることがあります。たとえば、「手が汚れているのではないか」と思って手を洗う行為は常識的な範囲ですが、洗った直後から雑菌にさらされ汚れていると思えば、繰り返して手を洗い続けることになり、しょっちゅう手を洗ってばかりいれば、洗う時間や水の量、石けんの量など、さらには仕事や学業などいろいろな面において生活に支障がでてきます。いわゆる「強迫性障害」です。

また「パニック障害」の人であれば、渋滞した道路を運転しながらふと「ここで心臓発作が起こったらどうしよう」という強迫観念にとりつかれ怖くなります。普通の人でも「確かにそんなことが起こったら困りますよね」と理解はしますが、それ以上考えず普段通り運転しています。しかし、不安の程度が過ぎると、強迫観念のとりつかれた状態になって、日常生活に支障がでてきます。つまり「いくら何でも、そこまで気にしていたら生活が出来なくなってしまう」という不安に襲われ続けるところに、不安障害の特徴があるのです。本来自分を守るために備わった不安という感情が強くなり過ぎるために、かえって自分を苦しめてしまうのです。

次に二つ目の特徴は、不安が不安を抱くという二重構造の不安です。

これもパニック障害の人に典型的な例をみることができます。たとえば、身動きができない満員電車の中で具合が悪くなり、「具合が悪いのに電車から降りることができない。どうしよう」という不安が強くなって、最初のパニック発作が起きたとします。発作を起こすと、呼吸が苦しくなり、心臓がドキドキして自分は本当に死んでしまうのではないか、と思うようになります。こうして不安が強い状態におかれると、今度はパニック発作自体に不安を抱くようになり、「またパニック発作が起きたらどうしよう」というように、不安の対象が移っていきます。つまり、満員電車の中での不安が、パニック発作自体への不安に変わっていき、それが次の不安につながり、不安に対して不安を抱くという悪循環に陥ります。こうなると、不安に対して客観的な見方がだんだんできなくなり、何だかわからないけど不安である状態になって、安全確保のための不安が正常に機能しなくなり、不安そのものが苦しみになってしまうのです。

社交不安障害かどうかをチェックする

 アメリカ保健研究所(NIH)が発行している資料には、社交不安障害を見つけるためのチェックリストが載っています。これに該当するものがあれば、社交不安障害の疑いがあるかもしれないというものです。その7項目は次のようなものです。

  • ① 人前で、何かを言ったり行なったりすることによって、自分は恥ずかし思いをするのではないかという強い恐怖感がある。
  • ② 失敗したり、他人から見られたり、また評価を下されることについて、常に怖い思いがする。
  • ③ 恥ずかしい思いをするのではないかという恐怖のために、人と話したりすることができないし、やりたいこともできない。
  • ④ 人と会わなければならないとき、何日間も何週間も悩む。
  • ⑤ 知らない人に会う前やまた一緒にいるとき、顔が赤くなったり、汗をひどくかいたり、震えたり、吐きそうになったりする。
  • ⑥ 学校行事や、人前で話すような状況など、人とかかわる場を避けることが多い。
  • ⑦ 以上のような恐怖を払いのけようとして、飲酒することが多い。

 これらの項目については、不安の種類や時間の長短を問わなければ、誰でも一つぐらいは該当することがあるかもしれませんが、だからといってそれがただちに社交不安障害だということにはなりません。病気としての不安は、「質」ではなく「程度」です。つまり、そのような不安が苦しみとなって、日常のほとんどの領域におよび、毎日のように続く状態であれば、社交不安障害の疑いが考えられるのです。社交不安障害の場合、不安の程度が、通常の不安とはまったく異なります。そして何よりも、不安を感じている本人(大人の場合)が、自分が感じている不安が決して合理的なものではないということを自覚しています。だからこそ、つらいのです。そして、その不合理の不安にとらわれて、社会生活に支障をきたしている自分自身が情けなく思うことも、社交不安障害の苦しみの重要な要素です。不安に苦しむ自分が「弱い」「自意識過剰」「どこかおかしい」と感じるようであれば、不安そのものが病気ということになるのです。

社交不安障害の診断は、アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-Ⅳ-TR)に基づいて一般に行われます。診断基準について詳しくは、『診断』の章に掲載してありますので、それを見ていただくとして、ここでは社交不安障害の診断基準の重要な部分について、一般向けに分かりやすく5項目にまとめてみました。

  • ① 知らない人から注目される状況や、他人が見ている前で何か行為をするとき、また知らない人と交流をするとき、また他人の視線を浴びながら何か行うといった場面で、常に著しく持続的な恐怖がある。自分が恥をかかされたり、恥ずかしい思いをしたり、おかしな行動や不安な姿を見せたりすることを恐れる。
  • ② ①のような恐怖感を抱く状況にさらされると、ほとんど必ず不安反応が生じる。
  • ③ 自分が抱いている恐怖や不安が、普通の人よりも過剰であり不合理であることを認識している。
  • ④ ①のような恐怖感を抱く状況を避けようと行動し、また強い不安や苦痛を感じながら耐え忍んでいる。
  • ⑤ ①のような恐怖感を抱く状況の回避や苦痛のために、日常生活や人間関係が障害されているか、著しい苦痛を感じている。

 上記①の内容が、社交不安障害の診断の基準となっています。その核心となるのが「恥ずかしい思いをすること」と「自分がおかしな人間であることに、他人が気づくのではないか」といことです。患者の多くは、本当の自分を他人が知ったら、きっと自分のことが嫌いになるだろうと思っています。他人が気づくのは、自分の外面を通してですので、「自分が、相手にどう見えるか」が気になり、恐怖になります。人前に出たとき、自分の身体が震えたり、声が震えたりすることに他人が気づくのではないかと恐れ、人前で話すことを避けたりします。また人前で字を書いたり、飲食したりするのを避けたりします。それは、手が震えたり、ぎこちない食べ方をしたりすることを見破られ、自分が変な人間であることがわかってしまうのではないかと恐れるのです。

それから、もう一つ診断のポイントとしては、⑤にある「日常生活や人間関係が障害されている」ということです。これまでの正常な生活が、不安や恐怖のために制限されているということです。こうして、①から⑤までの項目がすべて当てはまり、またそれらの症状が薬物や内科的な原因によるものでなければ、社交不安障害である可能性がかなり高いと言えます。もちろん、正しく社交不安障害かどうかを判断するには、専門医を受診して面接を受け、診断してもらうことが必要です。

社交不安障害の場合、どこからどこまでの症状が社交不安障害であるか否かについては、専門家の間でも議論の分かれるところです。統一見解が出せないところに、社交不安障害という病気の特徴がありますが、診断を難しくしている要因は患者本人の主観に基づいて診断する部分が大きいからです。患者の主観に基づいて診断すれば、かなり多くの人が社交不安障害の患者になることにもなります。どこからどこまで病気として判断するかによって、有病率の数字にもかなりの差がでてきます。病気の判断の範囲を広げれば、患者の数が増えることになり、安易に病人扱いすることによって多くの人に薬を飲ませることには、決して良いことではありません。

しかし病人扱いしないですむはずの人までが病人扱いされているという事実以上に、病気であるのに病気として扱われていない人の方が圧倒的に多いことの方が、実は問題なのではないかと考えます。それは、この社交不安障害という病気が、まだ十分に知られていないということもありますが、それ以上に「自分は病気だとは思わない」という患者自身の感じ方や受け止め方が、社交不安障害を正しく診断するうえで大きなネックになっていることも事実です。いうまでもなく、診断は正確に行わなければならないのは、社交不安障害においても同じです。少しでも気になる症状を感じたら、早めに専門医の診断を受けることが大事なことといえます。

社交不安障害の種類

 社交不安障害は、「全般性社交不安障害」と「非全般性社交不安障害」の2つに分けられます。前者の全般性社交不安障害は、人とかかわるほとんど全般的な状況において、不安や恐怖する状態です。海外からの報告によると、社交不安障害の患者の80~90%が全般性社交不安障害であるといいます。全般性社交不安障害の人の特徴としては、症状が持続しやすく、うつ病やアルコール乱用などの病気と併存しやすいことがわかっています。また、恐怖する状態が続くため、社会生活全般に支障が出て、時には生活が成り立たなくなることもあります。

一方、非全般性社交不安障害はまたの名を「限局性社交不安障害」ともいわれ、不安および恐怖の症状がでる状況が限局されます。たとえば、「人前で話をする」という特定の状況に限って恐怖を抱き、それ以外の状況においては普通に生活できます。このように、特定の状況以外においては、普通とまったく変わらないため、その人が社交不安障害をもっていることに気づかない場合があります。ただ、特定の状況における場合の恐怖は持続しますので、その苦しみは全般性と同じです。生活の質の面では、恐怖となる状況が限定されているため、全般性社交不安障害と比べると、それほど大きな支障にはならないと思います。しかし、限局性であっても、社交不安障害の病気であることには間違いありません。

どんな人が発症するのか

 社交不安障害は、疫学調査によっては女性の方が多いというデータもありますが、一般的には男性にも女性にも見られる病気です。精神科に治療を受けにくる人だけを見ると、男性の方が多いという報告もあります。一般人口における罹患率は、障害の定義によっても異なりますが、アメリカの全国規模の併存調査(NCS)によると、一生のうちどこかで社交不安障害にかかる人は、13%にもなるといわれています。その後、この調査を臨床的にみて病気だと思われる人だけに絞り込んだところ、年間の有病率は、18歳から54歳の成人のうち3.7%と推定しています。いずれにしても、社交不安障害はかなり多くの人にとってかかわりのある病気といえます。

では、少し絞って遺伝や生育環境、また気質などの観点から病気にかかる割合をみてみます。社交不安障害の患者のいる家族では、そうでない家族よりも社交不安障害が生じやすいことがわかっています。その傾向は、全般性の社交不安障害において強く見られます。こうした事例から、ただちに社交不安障害は遺伝する病気であると断定することはできません。社交不安障害の患者をもつ親は、不安の強い育児をする傾向にあり、その子供が社交不安障害になったからといって、遺伝なのかそれとも生育環境によるものかは今のところ不明です。また社交不安障害を持っている親は、社交不安障害以外の不安障害をもっていることが多いことから考えると、不安障害になりやすい気質が遺伝するのかもしれません。いずれにしても、その人が持っている性格や素質や環境との相互作用のなかで発生するものと考えられます。

社交不安障害は、10代半ばで多く発症していますが、それより若い年齢で発症する例もあれば、もっと遅くに発症する人もいます。そして発症の仕方も、突発的に発症する人もいれば、徐々に始まって発症時期が特定できない場合もあります。

日常生活に与える影響

 社交不安障害であるがために、社会的にも職業的にも、また家庭や友人関係においても大きな影響を与えることになります。社会の人とうまくかかわれないために、定職につけない人もいます。職に就けないために、経済的に自立できないことにもなります。そのことが、結婚出来ないことに影響したり、友人関係が少なくなることにも関連しています。したがって、生活の質も全般的に低く、自殺を企図する人もいます。また、不安反応が身体の不調ではないかと考えて、医療機関を頻繁に変える人もいます。逆に受診に伴う人とのかかわりが怖くて、受診できないという人もいます。さらに、社会的引きこもりになる人もいれば、対人関係がほとんどないという人もいます。

一方、働いていても本来の能力よりも低い仕事に甘んじている場合もあれば、また普通であれば転職を考えるのに、転職に伴う人との関わりが不安のため、転職をせずに我慢しているケースもあります。恋愛関係や結婚生活においても同じで、相手に不満をもっていても、新しい人との関係を始めることが怖くて、現在の関係にとどまっている人もいます。

治療しないとどうなるか

 治療しないまま放っておくとどうなるかというと、慢性の経過をたどり、回復する率が非常に低くなります。ある研究によると、自然経過をたどった場合、2年後の回復率はうつ病で80%であるのに対し、社交不安障害ではたったの20%といわれています。また、同じ不安障害であるパニック障害と比べても、8年後の診断でパニック障害と診断された人は33%だったのに対し、社交不安障害では67%の人が依然として社交不安障害のままで経過していました。このように、社交不安障害は自然経過では非常に治りにくい病気であり、放っておけば一生続く病といえそうです。心の病の中には、治療しないで時の経過を待った方がいい病気があるなかで、社交不安障害だけは放置して得るものは何もありません。

その一番の理由は、社交不安障害の症状と取りまく環境が悪循環にはまり込みやすいからです。人の前に出たくない、話したくない、怖いから会いたくない、だから人を避けるといった「人との関係」に症状の特徴があるためです。この繰り返しの中で症状はますます悪化し、人との関係をさらに回避していって悪循環に陥るのです。かりに治療を受けようと思っても、結局は人とのやりとりがあり、恐怖の対象となるため、自然と治療を求めようとはしなくなるのです。つまり治る機会を自ら減らしているのです。そもそも、この種の病気の人は、自分が病気だとは思っていなくて、性格的なものだと思っている人も多く、積極的に治療を受けにいくという発想がないのも事実です。いずれにしても、社交不安障害の本質は、人とのかかわり方が症状そのものであり、同時に症状を左右する病気であることを理解する必要があります。そこで、対人関係療法が有効になってくるのです。

社交不安障害と合併する他の病気

 社交不安障害は、しばしば他の病気を併発することがあります。関連する主な病気は、「パニック障害」「うつ病(不安うつ病)」「アルコール症(依存・乱用)」「薬物乱用」「摂食障害」などがあります。社交不安障害とその他の心の病気は、明確に区別できることもあれば、区別しにくい場合もあります。たとえば、ある医療機関で社交不安障害と診断された人が、別の病院に行ったら「うつ病」と診断されたというケースもあります。このように、他の病気との合併がみられる場合は、社交不安障害が重症化している状態ととらえることができますので、早目の治療が必要です。

まずパニック障害の症状ですが、予期しない状況で突然に起こるのが特徴です。動悸、震え、息苦しさ、発汗、胸部不快感、窒息感、めまいなどの強い不安発作が繰り返します。そして、不安が高まる状況になると発作を起こしたり、人前で発作を起こすことを恐れて社会的状況を回避するようになったりして、社交不安障害の症状と区別しにくい状態になります。見分け方としては、人と関わる(人前で話すなど)状況においてのみパニック発作が起こるのであれば、それは社交不安障害のよるものです。また、社交不安障害の場合は一人でいるときはほとんどパニック発作を起こしませんが、パニック障害は一人でいるときにも発作を起こします。このほか、パニック障害は命の危険を感じるような発作を繰り返しますが、社交不安障害ではそのようなことはありません。

次に、社交不安障害と合併するうつ病は「不安うつ病」といわれ、従来のうつ病と少しタイプが違います。不安うつ病が社交不安障害と合併する例が非常に多く、社交不安障害の人の約3分の1に起こるともいわれます。不安うつ病は、うつ病と比べて症状の現れ方がちがいますが、やはり気分がひどく落ち込み、日常生活に支障をきたすほどです。不安うつ病を社交不安障害との関係でみると、症状の一つとして社交不安障害の症状が現れます。発症の前後でみると、社交不安障害の方が先行して発症する場合が多いです。また、社交不安障害による慢性的な不安や恐怖が脳機能を低下させ、不安うつ病を発症させています。

このほか社交不安障害の場合、ほかの心の病気と比べ、アルコール依存症を併発する率が2倍以上ともいわれています。これは不安をやわらげるため、飲酒が常習化するためです。社交不安障害の患者の19~28%に、アルコールの乱用が見られ、アルコール依存症の患者の15~20%に社交不安障害の合併が見られるといわれます。アルコールや薬物の乱用、また摂食障害などは、自分の不安をどうにかしようと思って始めた自己治療のようなものですが、もちろんそれで治療効果があるわけではなく、むしろ逆効果で、どちらも治療しなければならない病気に発展するおそれがあります。

治療の意味と回復への道筋

 さて、社交不安障害は「治る病気」なのだろうか、という素朴な疑問をもたれる方も多いと思います。これまで見てきたように、ある日突然パッと治るような簡単な病気ではないことは解っていますが、しかし社交不安障害は治療不可能の病気では決してありません。それにはこの病気の本質を理解し、不安症状による複数の悪循環を断ち切るための療法を有効に活用していくことでしょう。では、複数の悪循環とはどういうものかみていきます。一つは、人とのやりとりの不安が実際の場面において不安を増幅し、その体験がますます人とのやりとりを不安にさせることで悪循環となります。二つ目は、社交不安障害の人は、不安のために人とうまくやり取りが出来ない、うまく振る舞えない自分を責めています。そして自責的になることでストレスが溜まると、不安症状がさらにひどくなりまた自分を責める、という悪循環です。三つ目は、社交不安障害の人は、自分は無能で出来損ないで人から好かれないだろうと思っています。そのため、自分の悩みなどを人に打ち明けようとしないため、人と親しくなれず、孤独感に陥り、だから自分は人から好かれないと思う、という悪循環になります。このように複数の悪循環が、この病気の回復を難しくしている一番の要因です。

では、どのようにしたらこの悪循環を断ち切ることができるのでしょうか。ポイントは、悪循環となっている原因です。それは、自分自身のコントロールの喪失にあります。様々な状況においてコントロールできないことが、不安や恐怖につながっているのです。つまり、社交不安障害の治療の目的の一つは、コントロールを取り戻すことにあります。コントロールできれば、不安は大きく軽減されます。コントロールできるという感覚が持てるようになることによって、それが「自信」となり「安心」につながるのです。コントロールを取り戻すためには、自分に何が起こっているのかを正確に知るとともに、実現可能な目標を立てることから始めます。その目標は、症状をなくすということに目標を置くのではなく、自分の力を感じることに目標を置いて取り組めば、結果的に症状の改善につながっていくものと思います。

不安に対しての回避と忍耐

 不安という感情は、普通の人でも最初は緊張して不安になっても、その状況を繰り返して経験すれば慣れてきて、やがて不安は少なくなってきます。ところが、社交不安障害の人は繰り返すことによって不安が減じることはなく、むしろ状況を繰り返すことによってますます不安が高まっていくのが、この病気の特徴です。また不安は、その状況に直面した時だけに感じるものではなく、実際の状況が起こる以前から感じていることが多いです。このようにあらかじめ感じる不安を「予期不安」といいますが、この予期不安が強くなると「自分にはきっとうまくできない」という思い込みが強くなります。

では、こうした社交不安障害の人の不安と、普通の人が感じる不安の違いはどこにあるのかというと、一つは、不安がどれほどその人の「生活を妨げているか」ということと、もう一つは、不安がその人にとってどれほど強い「苦痛となっているのか」という点です。いうまでもなく、普通の人にはほとんど生活の妨げになっていないのに対し、社交不安障害の人にとっては生活をするうえで大きな支障となっています。また苦痛においても、普通の人にとっては大した苦痛とならないのが、社交不安障害の人にとっては耐え難い苦痛となっています。つまり不安の質や内容がまったく違うのです。

そこで、社交不安障害の人の場合、、当然この辛い苦しい不安を回避しようとします。その状況を避ければ問題になるような事態であっても避けたりすることがあり、さらに回避が強すぎると実際の社会生活が送れなくなること(社会的ひきこもり)も少なくありません。また、どうしても避けられない状況におかれると、耐え忍ぶことになりますが、その場合は強い恐怖と「自分はダメだ、無能な人間だ」と感じ続け、その不安と恐怖、自己無価値観が繰り返されることになるのです。

不安反応の本質と現れ方

 社交不安障害の人は、恐怖する場面に直面すると「不安反応」と呼ばれる反応を起こします。それは主観的な不安で、「他人にじろじろ見られるのではないか」「観察されたりさらしものになったりするのではないか」「恥をかいたり侮辱されたりするのではないか」といったものです。つまり、人前で自分は変なことを言ったり、あがってしまってうまく話せなくなったりして失敗をするのではないかと想像して不安になるのです。この不安の本質というのは「人からのネガティブな評価を恐れる」ということにあります。他人から冷たい目線で見られたり、馬鹿にされたり、侮辱されたりすることをはっきりと自覚していることもあれば、単に漠然とした不安である場合もあります。こうしたことから、社交不安障害の人は「自意識過剰」などと言われることがありますが、もちろんこの自意識はネガティブな面での自意識過剰なのです。

この主観的な不安は、また身体症状としても現れます。一般に見られる症状としては、動悸、手足や声の震え、発汗、赤面、筋肉の緊張、胃腸の不快感、下痢、ほてり、手足の冷感など、アドレナリンが分泌されて生じる交感神経刺激症状です。これは不安という心の作用によって、視床下部による自律神経の調整がバランスを崩して起こるもので、身体症状そのものに病的な疾患があるわけではありません。不安な状況が自分にとって危険であると認識したときに、原始人の時代から自然に生じる交感神経刺激症状であり、自分自身ではその恐怖をうまくコントロールできません。この身体症状の著しい例が、あのパニック発作です。動悸や息苦しさが起こり、このまま死ぬのではないか、頭がおかしくなるのではないかと思う発作が起こります。社交不安障害の不安によって現れる身体症状も、パニック発作と同じで、目に見える症状です。そして、基本的には自分で症状をコントロールできないために、この不安反応が非常に気になりますし、気にすればするほど不安が強まり、不安反応もひどくなり、悪循環となります。問題なのは、不安反応が過剰になるということです。解りやすくいえば、危険に対してセンサーが感知し、ブザーが鳴るのは正常ですが、危険でもないのにセンサーが危険を感知してブザーを鳴らしてしまっているということです。社交不安障害は、センサー(大脳辺縁系の扁桃体)そのものの病気なのです。

対人関係からみた社交不安障害

 これまで「社交不安障害が対人関係に影響を与える」ということについてはいろいろな角度から見てきましたが、その反対である「対人関係が社交不安障害にどう影響を与えるか」ということについては、十分な検討がなされてこなかったように思います。この考え方は、治療法である対人関係療法のうえから重要な視点と考えられます。もとより、社交不安障害の原因は詳細にはわかっていません。遺伝的な要因も多少の関与は認められていますし、性格も関係しています。また生育環境や人間関係も要因の一つになっています。これらのいろいろなファクターが背景にあって、社交不安障害が発症しているものと考えられます。

そこで、社交不安障害を対人関係という点からみると、社交不安障害の人に多く見られるのは、批判的な人が身近なところにいた例です。なかには、身体的また性的虐待を受けていたという人もいます。この批判的な人というのは、親であったり、配偶者や上司や教師であったりします。つまり人とのやり取りするをする対人関係のなかで、結果的にネガティブな評価を受けることが多かったこ場合、危険、心配、恐怖、不安と感じる頻度が多くなり、社交不安障害の症状となっていくのです。またそれが直接的な批判でなくても、「○○したら恥をかくかもしれない」とか「○○したら、人に○○と思われるかもしれない」などといったように、世間体を気にする言葉を日常的に聞かされたりすると、それは社交不安障害の症状と同質なものとなります。そして、批判的な人に言い返したりすると、逆に怒られたり意地悪されたりして「言っても無駄だ」と無力感を抱き、ネガティブな評価を受けたことと同じになります。対象が、世間という得体の知れないもので、それに対しおびえて、恐れている自分の人間的な価値を恥じているのです。

社交不安障害の人は、生まれながらにして「自分はどこかおかしい」と思っていることが多いと言われます。だからといって、生まれながらにしてこの病気を発症しているわけではありませんし、また生まれながらの性格や素質みたいなものが、そのまま病気になるわけではありません。やはり、社交不安障害は遺伝と環境の相互作用のなかで発症するものですから、その人が育った環境のなかで経験し体験し観察した対人関係が、病気の発症に大きくかかわっていることは確かです。人から批判されたからといって、その批判がすべて正しいというものではないので、自分で判断して受け入れるか受け入れないか判断すればよいのです。むしろネガティブな評価をされたら、相手はその程度の人間だと考え、これは相手の問題であると考えれば、自分をコントロールする力がついてくると思います。そのためには、治療の場で繰り返し実践することが大切なことです。

子供の社交不安障害

 大人と子供では、社交不安障害の症状のでかたに違いがあります。大人の場合、自分の恐怖の不合理性を認識していますが、子供においては不合理性の認識はあまりありません。子供は、他人との関わりを避けるというのではなく、他の形で表現します。例えば、泣いたり、かんしゃくを起こしたり、固まってしまったり、親しい人にしがみついたり、また全くしゃべらないといった形をとることもあります。また、大人は自分が社交不安障害であることに気づいていて、それを避けることもわかっていますが、子供の場合はそれがわからず混乱していることがあります。そして、子供同士の遊びの輪に入らず、親しい大人の側にいようとします。そこで、子供が社交不安障害であるかどうかを診断する場合は、親しい人と親しくできるかどうか、子供同士の場面でも社交不安障害が見られるかどうかを確認します。ある程度大きくなれば、できていたことができなくなったことでわかりますが、幼少児の発症の場合は、その年頃に出来ることができないと気づいていくしかありません。いずれにしても専門医の判断を求めることが必要です。