躁うつ病 (双極性障害)column

Update:2023.09.17

躁うつ病 (双極性障害)とは

躁うつ病は、気分が高揚した躁状態と、抑うつ状態が交互に現れる精神疾患です。治療には、薬物療法や認知行動療法などがあります。早期の治療が重要で、症状がある場合は専門医に相談しましょう。

躁うつ病 (双極性障害)

目次

躁うつ病 (双極性障害)について解説

躁うつ病とは、躁状態では興奮、多弁、自己過大評価、睡眠不要といった症状が現れ、抑うつ状態では、気分の低下、意欲の減退、自己否定、食欲不振、自殺念慮などの症状が現れます。 躁うつ病の原因は、遺伝的要因やストレス、脳内物質のバランスの乱れなどが考えられています。治療には、薬物療法や認知行動療法などがあります。薬物療法では、抗うつ薬や抗精神病薬などが使用され、認知行動療法では、認知療法や行動療法が行われます。 また、症状によっては、自己管理が困難になる場合があり、家族や友人、サポートグループなどに支援を求めることも大切です。 躁うつ病は、発症すると治療に時間がかかることが多く、社会生活に支障をきたすことがあります。しかし、適切な治療を受けることで、症状の軽減や回復につながることが多いため、早期に専門医の診察を受けることが大切です。

はじめに

双極性障害は、あまり馴染みのない病名かも知れませんが、実は「躁うつ病」と呼ばれていた病気のことです。日本では躁うつ病と呼んでいましたが、用語を世界的に統一しようという流れのなかで、名称が変更され、双極性障害となりました。この双極性障害は、統合失調症(以前は精神分裂病と言われていた)と並んで二大精神疾患の一つで、気分障害のひとつでもあります。


双極性障害の“双極”とは、気分が両極端の状態に交互にぶれることを意味します。一方の極は躁状態といって、気分が爽快で、元気いっぱいで、意欲満々の最高の状態であるのに対し、もう一方の極はうつ状態といって、憂うつで気分が落ち込み、意欲がない最低の状態をいいます。双極性障害では、この躁状態とうつ状態が交互に繰り返して現れます。どちらの症状が先に現れるかは人によって違い、また生涯の発症回数も人によって異なります。


ただし双極性障害の場合、躁やうつがこのようにはっきり現れていれば、双極性障害と診断がつきやすいのですが、躁が軽いタイプの場合、単極性のうつ病と誤診されるケースが非常に多く認められます。その場合、うつ病の治療を続けますので、結果的に病気はなかなか治らないことがあります。現在、うつ病の治療をきちんと受けていていながら治らない場合、じつは双極性障害だったということは十分にあり得ることです。


このように診断が難しいのが双極性障害の特徴です。初診で、単極性のうつ病なのか、それとも双極性なのか、最近注目されている非定型うつ病なのか、それともまったく別の病気なのか、専門医でも診断に悩むところです。それはいろいろな理由によりますが、これまで日本の精神医学は、長い間、臨床や研究においては統合失調症が中心であったため、双極性障害についてはあまり焦点が当てられなかったという側面があります。統合失調症に比べると、双極性障害の躁状態やうつ状態は軽い病気としか受け止められていなかったのです。


また、躁うつ病という病名が使われていた時代には、医療現場では少なからず診断や治療において混乱が生じていたことも事実です。そのひとつは、躁うつ病のうつ状態と、うつ病のうつ状態の違いでした。これは一見うつ状態ではよく似ていますが、治療においては全く異なってきます。にもかかわらず、同じような治療がなされていたり、また躁とうつの状態を繰り返して発症する躁うつ病であるにもかかわらず、躁状態の時だけをとらえて躁病として診断したり、同様にうつ状態の時だけを診断してうつ病と診断しまうこともあります。したがって、正しい診断や治療がされなかったために、躁うつ病が悪化してしまうことになっていたのです。

日本での双極性障害はまだまだ研究途上にある疾患のため、その位置づけは今もって曖昧です。事実、双極性障害をうつ病に含める傾向もある一方で、うつ病は双極性障害のひとつではないかという考え方もあります。少しずつではあるが、その後の研究によって双極性障害の病態が徐々に明らかになってきている面もあります。そうした中で、双極性障害かもしれないとわかったら、早く手をうつことが大切です。この病気で失うものは決して小さくありません。時によっては、仕事や家族、社会的な信用や財産を失うばかりか、最悪の場合は命まで失うケースもあります。

他の病気もそうですが、特に双極性障害はうつ病と比べるとやっかいな病気だけに、早期発見と早期治療が重要となってきます。それは次の2つの意味で重要です。1つは「社会生活上の損失を少しでもくい止めるため」です。特に躁状態では、人間関係を悪化させて職場をクビになったり、金遣いが荒くなって破産したり、離婚したりするケースが多いからです。2つ目は「治らなかったうつ状態が改善する可能性がある」ということです。うつ病の治療薬である抗うつ薬は、双極性のうつ状態にはあまり効かないこともあり、早期発見で治療法を見直して、うつ状態を改善することは可能となります。

双極性障害が招く深刻な事態が分かってきたため、近年、双極性障害は重大な疾患であるという認識が医師の間で高まってきており、精神医学会でも注目されている疾患です。たしかに双極性障害は、うつ病に比べたら一般的にはまだまだ知られていない病気ですが、双極性障害自体はけっして稀な病気ではなく、身内や友人、また職場や地域において見聞きする機会が最近多くなってきています。今後、ポピュラーな精神疾患になることも予想されます。

国際的診断基準としてのDSM

医療現場における混乱は、躁うつ病とうつ病の関係にかぎらず、他の精神疾患においてもありました。医師によって診断と治療法が異なるという状況が、日本に限らず他の国においても生じたため、これは患者さんにとって不利益になるばかりか、精神疾患の研究に取り組む医師においても不都合となるため、この状況を打開しようということで、アメリカ精神医学会がひとつひとつの病気に対して、操作的診断基準とよばれるものを作ったのです。

それが、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)とよばれるもので、その後何度か改訂され、現在第四版(DSM-Ⅳ-TR)まで発行されています。いま欧米諸国やアジア諸国、日本など世界中の医師が、この診断基準に基づいて診断や治療を行っています。またこれとは別に、WHO(世界保健機関)が作ったICD-10という分類リストがありますが、これは精神疾患の分類や統計の目的でつくられたもので、DSMのように統一された診断基準を目的にして作られたものではないために臨床診断には向いていません。

双極性障害は最初にも述べたように、「躁」と「うつ」が入れ替わり現れる状態をいいますが、その場合の躁とうつは、DSM-Ⅳ-TRにおいては、一般に一つの病気として扱う躁病やうつ病とは明確に区別されています。DSMでは、双極性障害における躁の状態を「躁病エピソード」といい、同じくうつの状態を「大うつ病エピソード」と呼んでいます。ここでいうエピソードとは、ある一定の期間のことですので、双極性障害の症状のようにある一定期間に現れる特徴的な躁の状態やうつの状態を意味しているのです。従って、これらのエピソードはそれ自身では診断コードはありません。独立した疾患単位として診断することはできないが、疾患の診断の構成部分として用いられるのです。   

以上のことから、DSMでは躁病エピソードと大うつ病エピソードを伴う一つの病気(これまで躁うつ病と呼ばれていた病気)を「双極性障害」と定義しているのです。DSM-Ⅳ-TRにおける双極性障害の診断基準は、「病状の組み合わせとしてのエピソード」と「エピソードの組み合わせで定義される疾患」という二段階で診断されることになりました。 

では、現実に日本における精神医療の現状について、すべてDSM-Ⅳ-TRの診断基準に基づいてきちんと行われているかとなると、必ずしもそうではありません。確かに双極性障害という診断名が、ある程度浸透してはきましたが、躁病エピソードや大うつ病エピソード、大うつ病といった言葉にはまだまだ馴染めないのが現状です。ただ、双極性障害という病名が少しずつ受け入れられるようになったことで、躁状態やうつ状態が単に躁病やうつ病といった単一の病気とは違い、あくまでも躁状態とうつ状態を繰り返す一連の病相のひとつとしての認識が得られるようになったことは事実です。

とはいっても、「うつ状態」という言葉の概念は依然として曖昧のままです。うつ状態が、大うつ病エピソードのことをいうのか、あるいはその基準を満たさない軽いうつ状態までを含めていうのか漠然としています。一方、大うつ病エピソードのことを「双極性うつ病」と呼んでみたり、またうつ病の中に双極性障害を含めてみたりする動きもあって、精神医療に関わる人たちの間でも混乱を招いているのが現状です。いずれにしても、臨床現場では患者さんに分かりやすく説明する必要があるために、今まで通りの「うつ状態」とか「うつ病」といった言葉を使って話しているのが現状です。

以上のような実情を踏まえて、大うつ病はうつ病、大うつ病エピソードはうつ状態、躁病エピソードは躁状態と呼ぶことにします。ただし、DSM-Ⅳに基づいた診断基準を示す場合は、エピソード表記する場合もあります。また、身体的要因が特定できないものをうつ病、身体的要因が特定できるものを、○○性うつ病、○○性うつ病のうつ状態と表記して区別することにします。

躁うつ病(双極性障害)の症状

双極性障害の症状といえば、なんと言っても現れる症状が真逆の状態になるということです。簡単に言えば、元気が出すぎる躁病の時期と、意気消沈するうつ病の時期が交互に発症するという特異な病気です。躁病とうつ病といった全く相反する症状が反復して同一の人に現れるが、それがどちらの症状が先に現れるか、症状の程度(強い・弱い、重い・軽い)、また生涯に起きる病相回数などは人によって様々で一定していません。

このように、個々の病相がその時々によって発症するため、一定期間の病相だけをとらえて診断すると、双極性の病気の全体像が見えなくなってしまいます。例えば、双極性障害のうつ病態だけをピックアップすると、単極性のうつ病とほとんど区別がつきません。うつ状態の時に受診すると、診察した医師はほとんどの場合、うつ病と判断するでしょう。患者さんが、以前に自分が躁状態になったことを医師に伝えなければ、うつ病と診断されても無理からぬ話です。双極性障害の人がうつ病と診断され、そのままうつ病の治療を続けていきますと、症状が改善されないばかりか、かえって悪化することさえあります。なかなか治らないうつ病は、双極性障害である可能性が高いということです。

それでは、双極性障害の場合の具体的なケースを紹介しましょう。

ケース・1
結婚し、妊娠して一児を出産した女性が、これから子育てに専念しようと思っていた矢先に、なぜか気分が急に落ち込んで何もする気にならなくなった。子どもが泣いていても放ったらかし、家事も手につかず。何も楽しいことがなく、毎日ボーッと過ごしていたが、ある日突然こんなことをしてはいられないと奮い立つ。朝からはしゃいでメイクをバッチリし、ありったけのアクセサリーを身につけ、普段したことのない派手な服装をして外出した。
デパートや専門店をまわり、高額な服やアクセサリーをカードでバンバン買い込む。今度は、別荘を契約すると言い出した。カードの決済金額をみて、真っ青になった夫は、このままだと自己破産になりかねないと思い、最初は怒っていたが、妻の行動に不審をいだき、これは心の病かもしれないと考えた。妻に病院に行くよう勧めたが聞く耳をもたず。何度も説得して、ようやく一緒に受診した。結果は躁の状態と診断された。
ケース・2
某企業の部長職をしている50代の男性。折からの不景気で会社の業績が不振を続け、責任を感じて全国あちこちに出張して多忙を極めていた。激務の毎日で疲れがピークに達していた。この日も深夜の帰宅でヘトヘトだったが、それでも今夜中に報告書を書かなければならなかった。

ところが、翌日の営業会議では前日の疲れを感じさせないほどのハイテンション。どこまで本気かわからないほど、驚くような発言が飛び出す。仕事も絶好調だといい、会議終了後にはあちこちに電話をかけまくった。さらに数日後の会議では、会社の規模では考えられないような提案を連発。新商品を今すぐに出すといい、テレビCMには有名な女優を使うといい、ニューヨークに支店を出すと意気込んだ。さすがにそれを見ていた部下も変だと思いはじめた。

嵐のような日々が過ぎたころ、一気に疲れが出たのか、あのときの勢いが何所へやら消え失せて、全く元気がなくなった。夜も眠れないし、何をする気も起きない。ついに体調が悪いといって会社を休んでしまった。自分の言動を思い出しては落ち込む毎日。会社のみんなに申し訳ない、もう辞めるしかないと言い、ついに寝込んでしまった。

ケース・3
30代のサラリーマンの男性は、半年ほど前から気持ちがひどく落ち込み、何もかもが辛くなってしまった。どこか体が悪いのかと思い、近所の内科で診察を受けたが、どこも異常なし。そこで精神科のクリニックを紹介され、受診したところ、「うつ病でしょう。休養が大切です」と診断された。会社に診断書を提出し、しばらく休職することに。クリニックには定期的に通い、処方された薬をきちんと飲んでいたが、なかなか良くならない。不安がつのる一方で薬の量は増えるばかり。ついに起きられなくなった。

時間の経過とともにイライラするようになり、ある晩、どうにも腹が立ってついに怒りが爆発。あちこちへ電話をかけまくって、医師への不満をぶちまけた。「あの医者は何も分かっていない。バカだ」と暴言を言う始末。興奮してきて朝まで電話をかけたがそれでも気持ちが収まらず、「直接クリニックに行って説教してやる」と言い出した。

以上のようなケースは一例で、このほか年齢や性別や仕事など様々なケースにおいて双極性障害が発症する可能性があります。すでに述べたように、双極性障害の症状を整理すると、「躁状態」と「うつ状態」の2つに分けられます。それぞれの症状にはどのような特徴があるか、以下詳しくみていきます。

躁状態の症状

躁状態というのは、一口で言えば「気分が高揚し、万能感に満ちあふれる状態」のことを言います。それは単に陽気で快活でエネルギッシュな状態という表現では不十分で、第三者がそれを見ると、尋常ではない危うさや痛々しさを伴っていて、その言動にはある種の異常性さえ垣間みることができます。躁状態の特徴は以下の通りです。

1.感情面に現れる特徴(高揚してオレ様気分)
◇ 自分は何でも出来る万能な存在で、尊敬されるべき最高な人間であると思う。
◇ 上機嫌で陽気な表情。おしゃべりになり、冗談を絶えず言い、よく笑う。
◇ 全身にエネルギーが満ちあふれていて、将来は明るい人生が待ち受けているように思う。
◇ 注意力が散漫になる。
2.思考面に現れる特徴(思いつきばかりで、集中しない)
◇ アイディアがこんこんと湧き、爽快な気分。酒に酔ったときのようないい気分になる。
◇ 物事を楽天的にとらえ、出来そうもないことを口にしてすぐに決断する。
◇ 話し続けなければならないというプレッシャーを常に感じる。
◇ 記憶の外に遠ざかっていた過去の思い出がよみがえってくる。
◇ 誇大妄想を生み出すこともある。
3.行動面に現れる特徴(ブレーキがきかず、突っ走る)
◇ 他人を指図したり、干渉したり、命令的になって高圧的な態度にでる。
◇ 新しいプランや目標を放ったらかしにし、意味もなく動き回る。
◇ お金を湯水のごとく使い、借金まですることもあるので、後で深刻な状況に陥ることがある。
◇ 周囲の人と衝突する。職場では上司や同僚を怒らせ、結果的に自分の評判を落とす。
◇ スピード運転をしたり、普段しないような路上での危険な行為に及ぶ。
4.身体面に現れる特徴(あらゆる欲求が高まる)
◇ エネルギーに満ちあふれているため、眠る時間がもったいないと考え、一晩中動き回るためろくに眠れず、睡眠不足になる。
◇ 眠ったとしてもすぐに目が覚め、頭も冴えて眠りに戻ることができない。
◇ 睡眠時間が減っているにも関わらず、その日1日中うまくやり通すことができるように感じる。
◇ 食欲が亢進することが多いが体重が増えない。
◇ 性欲が亢進し、性的に逸脱することもある。

以上の諸症状でわかるように、元気や陽気だけでは説明できない度を超したもので、常軌を逸した言動にでます。しかし、本人はまったく病気であるという意識や自覚はなく、むしろこういった自分の考えや行動は正しいと思い込んでいます。周囲が病院へ行くように勧めても、聞く耳をもたず、治療を受けたいとも思っていません。

うつ状態の症状

うつ状態を一言でいうと「エネルギーが枯渇し、気分が落ち込む」ことです。それは、日常的に感じる憂うつな気分よりも、もっと重いものです。単なる落ち込みだけではなく、心のエネルギーが消失したようになり、感情そのものが停滞してしまいます。うつ状態の特徴は以下の通りです。

1.感情面に現れる特徴(憂うつで苦しく、悲しい)
◇ 悲哀感や絶望感が強く、物事をすべて悲観的にとらえる。
◇ 何を聞いても見ても、楽しい気分が湧いてこない。
◇ 常にイライラする。
◇ 周囲が楽しそうにしていると、うるさく感じる。自分の暗い気持ちが浮き彫りになって、つらくなる。
◇ つらさすら感じない、何の感情も湧かない、という人もいる。
◇ 他人と比べて、自分は何の価値もない人間のように思える。
◇ 自分自身を責める。
2.思考面に現れる特徴(悲観的にしか考えられない)
◇ 物事を後ろ向きにとらえ、悪い事態しか考えられない。
◇ 未来への希望もなければ展望もなく、自信もない。
◇ 暗澹たる考えが頭の中をかけ巡り、ぐるぐる思考から抜け出せない。
(つらい→休みたい→休めない→頑張らないといけない→頑張れない→自己嫌悪になる→つらい…)。
◇ 思考力や集中力が減退し、決断できない。何を着たらよいか?何を食べたらよいか?という小さな決断までが億劫に感じる。
◇ ちょっとした刺激が気に障って、怒りが湧いてくる。
◇ 自己否定の妄想にとりつかれる。
3.行動面に現れる特徴(何も手につかない)
◇ 毎日の仕事や家事、食事や入浴など、基本的な生活への意欲が削がれて何もしたくなくなり、日常生活に支障が出てくる。
◇ 趣味や道楽すら億劫になる。無理にやっても、かえってエネルギーが削がれ、状態が悪化する。
◇ 何かしなければと焦るが、実際には何もできない。
◇ ソワソワして、意味もなく歩き回ったりする。
◇ 人付き合いが悪くなり、誰にも会いたくなくなる。
◇ 症状が重篤になると、自殺願望が強くなる。
4.身体面に現れる特徴(ひどい疲労と体調不良)
◇ 早朝や深夜に目が覚めてしまい、以降眠れなくなる。
◇ 眠ることが出来ても、すぐに目が覚めてしまう。躁の不眠と比べ、うつの不眠はかなり苦痛に感じる。
◇ あらゆる欲望が低下し、食欲も落ちる。
◇ 疲れやすい、頭痛がする、手足がしびれる、寒気がする、めまい、肩こり、吐き気、口が渇くなどの自覚症状を訴える。

深刻なのは「うつ」より「躁」状態のとき

双極性障害の患者さんをかかえる家族や職場では、症状が出ることによって不安や心配は常にありますが、中でもより深刻な事態を招く症状といえば「うつ」より「躁」の状態の時です。うつ状態の場合、本人が暗い表情をしていたり、不機嫌だったり、またふさぎ込んで外出もしないでいれば、たいてい家族や周囲の人は「少し様子がおかしい!」と気づくものです。ところが、躁状態のときは周囲の人であっても、それが病気だとはなかなか気づかないものです。それは、躁状態というのが、一見すると元気で活発で生き生きしていて健康的に見えるからです。もちろん、本人も自分が病気だとはさらさら自覚していません。こうした、意識のずれや感覚がやがて双方にとって大きな問題をはらむ結果になります。

それは、まず躁状態の患者さんの言動から始まります。あまりにも元気がいいので、つい周囲はそれに振り回されることになり、やがて家族に対して傷つくような言葉を平気で言うようになります。「あんたみたいなダサイ男と一緒にいたくないわ!」と、夫に面と向かって言い、乳飲み子を放ったらかして外出します。引き止めてもバカにされるだけで聞く耳をもたない。1回や2回なら耐えれても、それが度重なると、さすがの夫も堪えます。たとえ、病気のせいだと分かっていても、辛いものです。

問題なのは、本人が躁状態であることに対して、まったく自覚がないことです。自分が絶対に正しいと思っていますから、家族の言うことは一切聞きません。言動を注意したりすると怒りだし、怒鳴ったりします。ついに夫や家族は、夜中一睡もできず疲れきり、精神的にも追い込まれます。こうしたトラブルの先にあるものは、育児放棄、多額の借金、家庭崩壊、離婚などの結末です。

これは職場であっても同じです。取引先と出来もしない約束をしたり、会社のお金を使い込んだり、同僚や職場を訴えて法的なトラブルを起こしたりします。当然職場にはいられなくなり、解雇、辞職、退職など深刻な事態が待っています。

その点、うつ状態は躁状態ほど深刻な事態は招きません。うつ状態の場合、それが病気であることがすぐに分かりやすく、夫も仕事の後の家事や育児は大変だけれど、妻を支えてやらなければという気持ちになります。また家族も温かく見守ったり、支えたり、助けたりすることができます。おとなしく落ち着いている分だけ、有り難く感じます。また会社であれば、長期欠勤ということになり、その分同僚がその人の仕事をカバーしなければなりませんが、会社はそれなりに対応することはできます。

いずれにしても、躁状態はうつ状態とくらべて深刻なトラブルの原因になっていることは確かです。気持ちが高ぶり、すこぶる上機嫌になって、誇大妄想にとりつかれると、常軌を逸した行動に出るために、結果的に人生そのものを損なうことになります。具体的にどのようなトラブルが起こるのか例を挙げてみましょう。

  • 夜中に電話をかけまくる(相手の都合などおかまいなしに)→友人が離れていき、人間関係が壊れる。
  • 寝ないで動き回る(体が徐々に痩せていく場合がある)→体を壊し、他の病気を併発することもある。
  • 高価なものや必要ないものを買いまくる(カードを使ってバンバン買う)→自己破産する。
  • 家族を振り回す(ジェットコースターに乗っているような気分)→別居や離婚。
  • 無計画な仕事や大言壮語(相手をバカにした態度をとる)→解雇され職を失う。
  • ハメをはずしたり攻撃的になる(飲酒運転やスピード違反)→犯罪。

以上のように、双極性障害の躁状態では、人間として失うものがあまりにも大きいので、周囲が早く気づいてあげることが重要です。そして専門医を受診させ、早期に治療することが重要なポイントとなります。また再発しやすいので、薬によって病気をコントロールしたり、また予防していくことも大切です。

双極性障害は、症状の程度や生じ方によって「双極Ⅰ型障害」「双極Ⅱ型障害」「気分循環性障害」という3つのタイプに分けられます。双極Ⅰ型障害は、典型的な躁状態とうつ状態を交互に繰り返す病気で、仕事や暮らしに大きな支障が出たり、良好な人間関係が保てなくなって、入院が必要となることもあります。再発を繰り返すのも特徴です。これに対し双極Ⅱ型障害は、軽躁状態とうつ病をくりかす病気で、入院するほどではないが、実生活や人間関係に支障が出る程度です。躁状態のとき、本人は「調子がよい」と感じているため、それがⅡ型障害であることに気づかずに見過ごしたり、またうつ状態で受診すると、単なるうつ病と診断されてしまうケースもよくあります。

3つ目の気分循環性障害は、Ⅱ型よりもさらに軽い躁状態と軽いうつ状態の症状が2年以上続き、しかもそうした症状が2カ月以内には必ず起きている場合にこの病名がつけられます。この症状が長年続いていると、Ⅰ型障害やⅡ型障害に進展することもあります。次の項で、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害について詳しく見ていくことにします。

双極Ⅰ型障害

双極Ⅰ型障害は、躁とうつがはっきり現れるので診断がつきやすい病気です。以前から、躁うつ病と言われていた病気は、このⅠ型にほぼ相当します。双極Ⅰ型障害の躁状態と双極Ⅱ型障害の躁状態には大きな違いがありますが、うつ状態に関してはⅠ型もⅡ型も同じ程度です。

では、双極Ⅰ型障害と単極性うつ病(大うつ病)を比較するとどうなるかというと、かなりの違いがわかります。まず〈有病率〉では、Ⅰ型が0.8%(約100人に1人弱)であるのに対し、単極性うつ病は5%です。〈発症年齢〉では、Ⅰ型が20代前半に多いのに対し、単極性うつ病では40代と60代がピークです。〈性差〉では、Ⅰ型には男女差はありませんが、単極性うつ病では女性に多く、男性の約2倍です。〈発症の誘因〉では、Ⅰ型は少なく、単極性うつ病は多いです。〈家族歴・遺伝〉では、Ⅰ型の場合は家族内発生が多く、遺伝的影響もやや強いのに対し、単極性うつ病の方は家族内発生は少なく、遺伝的影響も弱い傾向にあります。最後に〈臨床症状〉で比較すると、Ⅰ型は躁状態・混合状態・うつ状態が主な症状で、身体的な愁訴は少ないものの、思考制止は多くなっています。一方、単極性うつ病はうつ状態が主な症状で、身体的な愁訴も多くなっています。

躁状態とは

激しい躁状態が起きるのがⅠ型の特徴で、重症化するとしばしば患者さん自身の人生や家庭が破壊されます。では、どのような躁状態が起こるのか、具体的な症状を挙げてみます。

  1. 気分が非常に高揚し、爽快な気分になって、自分がとても偉くなったように感じます。言葉遣いや言動も横柄になり、態度も大きくなるため、自然と周囲から敬遠されるようになります。
  2. 夜も寝ずに一晩中動き回ったり、一日中動き続けてじっとしていることができません。そのことによって身体が消耗しますが、本人には疲れが自覚できません。昼夜動き続けて疲労が蓄積し、過去にはそれが原因で亡くなったという症例もありました。
  3. 声がかれるまでしゃべり続けたりします。知らない人にも気さくに話しかけますが、相手が迷惑そうにしていても、それが迷惑だとは気づきません。それが原因で、嫌われたり、人間関係が壊れることがあります。
  4. 買い物をするとき、あまり必要ない物でもどんどん買い込んだり、時には高価な物や高級品を買いあさります。カードなどで買って、自己破産に追い込まれるケースもあります。
  5. 性的にも奔放になり、それまで普通に生活していた人が、家族に無断で外泊するようになったりします。
  6. 新しい考えや発想が競い合うように浮かんできます。初めは、良いアイディアが浮かんできて、仕事がどんどんはかどるようにみえますが、そういう状態は長く続きません。いろいろ思いついて手は出しますが、またすぐに他のことに気を散らして集中できず、結局何ひとつ事を成し遂げることができなくなります。
  7. 思い通りにならないと、ひどく怒ることがあります。職場で上司を激しく攻撃したり、トラブルを起こして職場を追われることもあります。
  8. 症状がひどくなると、誇大妄想や幻聴が出てきます。自分には超能力があると言ったり、神の声や天の声が聞こえてくると言ったり、訳の分からない事を言い出します。
  9. さらに、考えが一層激しくなると、観念奔逸と言って本当に何を言っているのか分からなくなり、錯乱してきます。これを錯乱性躁病といいます。

うつ状態とは

Ⅰ型およびⅡ型に起こるうつ状態は同じ程度で、症状も「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」の二つです。

抑うつ気分
抑うつ気分というのは、身内の者や親しい人を亡くした時の辛さや、嫌なことがあった時に感じる悲しさといったものとは全く別のものです。それは、形容し難い嫌な気分で、逃れようのない苦しさと辛さで、その気分が1日中続き、そして何日も続きます。また抑うつ気分は、やる気がないとか、意欲が出ないといったことと間違われますが、そういう気分とは違います。あるべき意欲がないというものではなく、普段あるはずのないうっとうしい気分が襲ってきて、筆舌に尽くし難い気持ちになります。
この抑うつ気分というのは、辛いその気分がまるで永遠に続くかのように感じるため、うつ状態の患者さんに「3カ月くらいで良くなりますよ」と言うと、その言葉を光明のように受け取ったりします。3カ月というと、かなり長い期間でもありますが、永遠に続くかもしれないと感じられる状態の中で、3カ月と聞いただけで出口が見えてきたように思えるのです。
興味・喜びの喪失
興味の喪失とは、すべてのことに関してまったく興味をもてない状態をいいます。普段、好きだった趣味やスポーツ、新聞の記事やニュース、よく見ていたテレビの人気番組など、すべてにおいて関心がもてなくなります。もちろん、やり甲斐を感じて毎日働いていた仕事に対しても、まったくやる気が出なくなるのです。さらに悲しいことに、自分の愛する家族に対しても無関心になり、子どもが駆け寄ってきても、可愛いと感じることができず、抱きしめてあげられないのです。そして、そのような自分を今度は責めていくのです。この悪循環に苦しめられるのがうつ状態の症状です。
喜びの喪失も同じです。普段、楽しめていたことがすべて楽しく感じられなくなる症状です。何をしても、何を見ても、楽しいとか嬉しいとかいった感情がまったく湧いてきません。もちろん、性的な感情もありません。砂漠のような荒涼とした気分になり、味気のない日々が続くのです。

うつ状態の診断

うつ状態の診断は「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」という2つの中核症状のうち、どちらか一方が2週間にわたってずっと症状が存在しているかを確認します。症状が始まって数日しか経っていなければ、うつ状態とは言えません。またこの2つの症状がまったくなければ、それもうつ状態ではありません。これらの2つの中核症状に加えて、以下の症状のうち5つ以上が2週間以上にわたって毎日出ていることが確認されれば、うつ状態(大うつ病エピソード)と診断されます。

  • 寝付きが悪く、途中で目が覚めてしまう。
  • 夜眠れない。
  • 暗いうちから目が覚めてしまう(早朝覚醒)。
  • 何を食べても美味しさが感じられない。
  • 食欲がなくて体重が減ってしまう。
  • 食欲が亢進して体重が増えてしまう。
  • 身体全体が疲れやすい。
  • ちょっと休んだだけでは疲れがとれない。
  • 何をする気にもなれない。
  • 自分を責める気持ちになってしまう。
  • 生きていても仕方がないと考える。
  • 自殺したいと考えてしまう。

以前、仮面うつ病という言葉が流行ったことがありましたが、これは顔が仮面のようだというのではなく、身体疾患という仮面をかぶったうつ病という意味でした。うつ病の患者さんが、さまざまな身体症状を訴えるため、最初に内科を受診することがあるから注意するようにと警鐘をならした言葉です。もちろん、いくら原因不明の身体症状を訴えても、抑うつ気分や興味・喜びの喪失という中核症状がまったくないのであれば、うつ病ではありません。

最近、気分が落ち込んだりすると、すぐに「うつ」かもしれないと気軽に口にしますが、本当のうつ状態とは大違いです。これまで述べてきたように、想像を絶するような苦しい気分が、何日も、何週間も、何カ月も絶え間なく続くという地獄のような状態なのです。

うつ状態の妄想

うつ状態もひどくなると、妄想が出てくることがあります。うつ状態で多く見られる妄想には「貧困妄想」「心気妄想」「罪業妄想」の3つです。貧困妄想とは、根拠もないのに破産した、お金がない、などと信じ込んでしまう妄想です。病気のため、入院を勧めると「お金がないから…」と断ったり、借金をしていないのに、借金取りがくると言ってひどく心配する人もいます。

心気妄想とは、自分が重い病気にかかったと信じ込んでしまう妄想です。癌にかかった、不治の病にかかったなどと思い込み、医師や家族がそんな事実はないといくら説明しても、信じようとしません。また、中には自分には腸がない、内臓がなくなってしまうという否定妄想になったり、自分は大変な病気にかかって死ぬこともできない、永遠に生き続けなければならないという不死妄想がみられる場合もあり、これをコタール症候群といいます。

そして罪業妄想とは、自分は非常に罪深い人間なので、罰せられなければならないと思い込んでしまう妄想のことです。何もしていないのに、自分は大変な罪を犯してしまった、死刑になる、警察の人が自分を連れにくると信じていたり、また子どもには何ひとつしてやれなかった、自分はだめな親だと自分を責める人など、みな罪業妄想に当てはまります。

このように、「自分は取るに足らない小さな人間である」と思い込む妄想を微小妄想といい、うつ状態に特徴的な妄想です。時々、新聞やテレビで痛ましい無理心中事件が報道されますが、実はうつ状態の人がこのような行動に及ぶことがよくあります。自分はどうしようもないほど価値のない人間で、子どもをまともに育てることができない、これから先自分と家族は生きていても意味がない、と思い込んでしまうのです。もう少し早く、ご本人やご家族の人たちが病気に気づき、正しい治療を受けていれば、このような痛ましい事件は防げたのかもしれません。

なお、妄想といえば被害妄想もうつ状態でよくあることですが、これはうつ状態に限らず、躁状態や統合失調症、アルコールや覚醒剤、また認知症でも出る妄想です。幻聴についてもうつ状態で出ることがあり、「お前はもう死ぬのだ」という幻聴が、貧困妄想、心気妄想、罪業妄想に関連して多く発症します。

躁にもうつにも起こる昏迷状態

昏迷状態というのは、しゃべることができなくなって、身体が硬直してしまう症状です。これは、躁でもうつでも激しくなってくると起こります。重症になると緊張病状態といって、ゼンマイが切れた人形のように、手足が不自然の状態で静止したままの姿勢になります。椅子に腰を掛けてうつむいたまま、動かなくなって、他の人が手を持ち上げると、宙に浮いたままの位置で手が止まって動かなくなり、奇異な姿になります。この症状は、極端な自発性の低下によって起こるものです。

また、食事もしない、水も飲まない、トイレにも行きません。このままだと命にかかわるため、点滴したり導尿したりして治療しますが、何の反応もなく、されるがままです。このような緊張病状態が現れると、多くの医師は統合失調症を疑いますが、実際には双極性障害にも出る症状なのです。

混合状態のいろいろ

DSM-Ⅳ-TRに混合性エピソードという診断名があります。これは、躁状態とうつ状態の両方の症状が顕著な場合の診断名で、この混合性エピソードがあれば双極Ⅰ型障害と診断されることになっています。その場合、躁状態とうつ状態の診断基準を100%満たすというものですが、実際にはこの基準に当てはまる患者さんはめったにいません。そういうこともあって、混合状態という言葉はもっと幅広く、曖昧で、いろいろな意味で使われています。例えば次のような場合です。

1. 躁転・うつ転に伴う混合状態
うつ状態から、数日間で急激に躁状態に変わることを、躁転といいます。その躁状態に変わる途中で、気分はうっとうしいのに行動が多くなってしまうといったように、うつ状態の症状と躁状態の症状が入り交じって現れる混合状態になる時があります。この逆の場合も同じで、躁状態からうつ状態に急激に変るのをうつ転といい、その時にも混合状態になることがあります。
2. 通常とは違う躁状態・うつ状態の特徴をあらわす混合状態
躁状態なのに少しうつ気分が入っている場合、またうつ状態なのに強い焦燥感がある、といったように、通常とは違う躁状態やうつ状態をあらわすことから、混合状態と呼ばれることもあります。この場合、行動が非常に多くなるのが特徴で、しかも自殺したいという気持ちが強くなり、うつ状態よりも自殺の危険性が高くなります。
3. 不機嫌躁病
これは、躁状態にもかかわらず、不機嫌な感じが強い状態を、不機嫌躁病と呼ぶ場合があります。これも混合状態に近い考えですが、ただどこまでが不機嫌躁病で、どこからが混合状態なのかははっきりしていません。

双極Ⅱ型障害

双極性障害のもう一つの型に、双極Ⅱ型障害があります。先に述べた双極Ⅰ型障害と違う点は、躁の症状の程度です。つまり、Ⅰ型が躁状態であるのに対し、Ⅱ型は軽躁状態です。うつについては、Ⅰ型もⅡ型もうつ状態で同じです。双極Ⅰ型障害が躁状態とうつ状態を繰り返す病気であるのに対して、双極Ⅱ型障害は軽躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。双極Ⅱ型障害の生涯有病率は、Ⅰ型とほぼ同じの1%くらいとされています。うつ状態または軽躁状態が発症して、次に軽躁状態またはうつ状態が発症する1サイクルの期間は個人差がありますが、数カ月から数年とされています。ではⅡ型の軽躁状態とはどのような状態なのか、次に説明していきます。

軽躁状態とは

Ⅰ型の躁状態は、本人も激しい症状で困り、周りの人たちも困るほどの状態です。たとえば、重篤なⅠ型の患者さんだと、元気いっぱいで威勢がよいのですが、トラブルを起こして仕事を失ったり、散財したり、他人を攻撃したり、離婚など深刻な損失を被るケースが多いですが、Ⅱ型の軽躁状態は、本人も周りの人にとっても大きな損失はなく、それほど困らない程度の症状です。つまり軽躁状態というのは、気分が適度に高揚し、仕事がはかどり、いろいろなアイディアが湧いてくるため、仕事においては創造的で目覚ましい成果をあげることができます。したがって、絶好調と誤解されることがあります。

躁状態と軽躁状態の診断基準は類似点が多く、見分けがつきにくいのが実態ですが、ただ軽躁状態の診断のポイントとしては、①入院を必要とするほど重篤ではない、②幻覚や妄想などが存在しない、③持続的に高揚した開放的な気分が少なくとも4日間以上ある場合、というのがひとつの基準です。また。躁状態と軽躁状態を区別するもっとも明確なポイントは、それによって生じる損害の大きさです。躁も軽躁も、とんでもない欲望や衝動にかられますが、躁はそれを実際に実行してしまうために大きな損害を被ることになりますが、軽躁の方は衝動にかられても実行しないために損害も小さいというのが特徴です。また、軽躁状態における考え方や行動が、性格や個性とみなされ、その人を魅力的に見せる可能性すらあります。一方、軽躁状態とパーソナリティ障害との境目が見えにくく、絶好調との区別もつきにくいこともあって、実際にⅡ型の患者さんの数は統計上の数字よりも多いと予想されます。

うつ病にしか見えない双極Ⅱ型障害

双極Ⅱ型障害の軽躁状態は、本人にとっていつもより気分が良い状態ですから、この軽躁状態の時に病院へ行くことは、ほとんどありません。うつ状態になって初めて病気の自覚があり、病院に行くケースが多いのです。したがって、軽躁状態の過程で双極Ⅱ型障害の病気であることが発見されることはほとんどなく、うつ状態になってから初めて受診するために、多くの患者さんは自分はうつ病だと思っています。また家族にとっても同様で、双極Ⅱ型障害はうつ病にしか見えないのです。激しい躁状態を伴うⅠ型とは違って、軽躁状態の症状は、病気としての自覚がないことが、双極Ⅱ型障害を正しく診断するうえで大きなネックとなっています。

この双極Ⅱ型障害は、逆に実は深刻な面もあります。本人も周囲の人も軽躁状態を病気として見逃すことや、うつ病と診断されてそのうつ状態を実際以上に深刻に受け止めたり、病院では抗うつ薬を処方されてかえって病状が悪化することもあります。Rapid Cycler(急速交代型)と言って非常に短期間で躁状態とうつ状態を繰り返す状態が多くみられます。また、Ⅱ型はⅠ型よりも、自殺率が高く、摂食障害、不安障害、アルコール依存症との合併がしばしばみられ、軽躁状態だからといって病気自体を軽く見ることはできません。

このような理由からも、双極Ⅱ型障害のうつ状態なのか、それとも単極性のうつ病(大うつ病)なのか、この二つを区別する必要があるのです。単純に考えれば、Ⅱ型の軽躁状態は本人も周囲の人も困るわけではないので、そのままにしておいても良いのではないかと考えます。そして、たまたまうつ状態になった時に、受診してうつ病と診断を受けたのだから、うつ病の治療だけをすればよいのではないかと考えるのが普通です。しかし重大な問題は、うつ病といっても、双極Ⅱ型障害のうつ状態なのか、それとも単極性のうつ病なのか区別しないと、同じように見えるうつ病でも、治療方法がそれぞれ全く異なってくることと、再発率が大きく違う(双極Ⅱ型障害の再発率の方がはるかに高い)のが問題なのです。

再発のリスクが高く薬も違う

まず、二つを区別する理由のひとつは、再発率です。ある統計データによると、うつ病の発症頻度は、海外で15%、日本では7%くらいと言われています。また欧米では、双極Ⅰ型障害を発症する人は0.7%、Ⅱ型を入れた双極性障害全体では、2~3%になると言われています。一方、日本における研究では、双極Ⅰ型とⅡ型障害を合わせても、0.7%くらい(実際には欧米とほぼ同じ2~3%とする報告もある)と言われており、欧米に比べるとその頻度はもっと少ないかもしれません。ひとつの理由に、日本の疫学研究があまり進んでいないことと、疫学調査の質問に対する答え方にも、文化的な違いがあり、単純にデータだけで比較することはできません。本当に、日本は欧米に比べて発症頻度が少ないのかどうかは、真実のところ分からないのが現状です。

次に、うつ病と双極性障害の発症する頻度にはかなり開きがあり、うつ病の方がかなり多いのが事実です。ところが、ある統計によると、うつ状態で病院に来ている患者さんのうち、30%から40%の方は、双極性障害の方だと言われます。うつ病に比べたら、双極性障害の発症頻度は低いはずなのに、この数字はかなり高い数値です。考えられる理由としては、うつ病は再発が比較的少ない病気であるのに対し、双極性障害はⅠ型、Ⅱ型ともにうつ状態の再発のリスクが非常に高いことです。そのうえ、病状においても非常に長い経過をたどることが多いとされています。そのため、うつ状態で通院して治療している患者さんの中に、双極性障害の患者さんの割合がかなり高いことが予想されるからです。

次に、双極性障害のうつ状態と、単極性のうつ病を区別しなければならない理由のもう一つは、治療に使う薬が全く違うということです。治療方法のところで詳しく説明しますが、大まかに述べると、単極性のうつ病のうつ状態には、一般的には抗うつ薬が使われます。これに対し、双極Ⅰ型、Ⅱ型障害のうつ状態には、抗うつ薬は効きにくく、使用していると躁転を誘発する可能性があるので注意が必要です。双極性障害のうつ状態には、再発予防効果も期待される炭酸リチウムという薬が処方されるのが一般的です。

最初うつ状態で受診すると「うつ病」と診断される 

うつ状態のとき、初めて病院を訪ねて受診すると、それが単極性のうつ病なのか、双極性障害のうつ状態なのか、それを判断するには医師にとっても実際のところ難しいところです。診断の手がかりとしては、患者さんの病歴を効く事が、重要なポイントとなります。

以前、躁状態や軽躁状態になったことがあるのか、具体的な質問を投げかけて、ご本人が自覚的に感じていたこと、客観的な変化に気づいていたことなどを聞き出します。例えば「今まで、気分が爽快になったことがありますか?」「今まで、夜も眠らなくても平気で、毎日元気に頑張れたことがありますか?」「今まで、職場でいろいろアイディアが浮かんで、バリバリ仕事をしたことがありますか?」など、出来るだけ丁寧に病歴を聞いてみて、躁状態が過去にあったかどうか確認します。こうすることによって、少しでも双極性障害の見落としは減らすことができると思います。

ただし、うつ状態から発症した患者さんの場合、それだけでは双極Ⅰ型障害のうつ状態なのか、双極Ⅱ型障害のうつ状態なのか、また単極性のうつ病なのかは判断が難しくなります。また、軽躁状態の自覚がなく、うつ状態になって初めて病院にきた患者さんで、過去に軽躁状態になったことを医師に伝えなかった場合でも、Ⅰ型障害のうつ状態なのか、Ⅱ型障害のうつ状態なのか、また単にうつ病なのかを診断することは困難です。

いずれにしても、初めて自覚した症状がうつ状態の方は、まずうつ病と診断されるのがほとんどです。その後、うつ病として治療をしていくうちに、途中で躁状態が出現すれば、そこで改めて双極Ⅰ型障害の診断が下されます。ただ、うつ状態から軽躁状態になった患者さんの場合、本当に軽躁状態なのか、それともうつ病が治って、薬によって少し気分が高ぶっただけなのかは見極める必要があります。このように、多くの場合は経過をみながら、最初はうつ病と診断、その後に双極Ⅰ型障害と診断、また双極Ⅱ型障害と診断名が変わる事は、誤診とか見落としということではなく、当然あり得ることです。

うつ病でも、発症が20代前半という若い年齢であること、家族に双極性障害の人がいること、そして妄想や幻聴をもっていること、この3つ条件が重なっている場合は、半分以上の確率で双極性障害と考えられます。最初、うつ病だった人が、双極性障害という診断名に変更されるケースはよくあることです。

以上のような事から、うつ病で精神科に通って治療を受けている人の中には、双極性障害の予備軍と言われるような人が多く存在していて、最近注目されていることです。双極性障害の患者さんで、最初うつ状態で受診した人の数と、躁状態で受診した人の数を比較すると、ほぼ半々くらいですが、これに双極Ⅱ型障害の患者さんを入れると、うつ状態で受診する人の方が多いと考えられます。

双極スペクトラムという考え方

双極性障害を分類すると、大きく双極Ⅰ型障害と双極Ⅱ型障害になりますが、さまざまな症状が個々の定義に必ずしもぴったりとあてはまるとは限りません。精神疾患を、無理矢理に分類するのは、治療方法を誤るもととなります。そこで、双極Ⅰ型とⅡ型にぴったりとはいえない人を、「双極スペクトラム」という見方でとらえようという考え方が出てきました。双極スペクトラムは、診断名ではなく、双極性障害やうつ病をもっと広範囲にとらえようということです。

スペクトラムは、光をプリズムに当てたとき、光が分解されて出てくる色の配列のことです。光は目で見ても、色を確認できませんが、実際はさまざまな色が隠れています。この考え方を、精神医学に応用したものです。まず、気分障害は、ひとつの病気ではなく、多くの精神疾患から成り立っていると考えます。双極性障害も、多くの隣接した精神疾患があるはずです。そこで、気分障害をプリズムで分解すると、光が7色に分かれるように、いくつかの病気や症状に分かれて出てきます。

それを配列すると、①単極性うつ病(うつ症状が1回だけ現れる)、②単極性うつ病反復型(うつ症状を何回もくり返す)、③双極Ⅰ型障害(躁症状とうつ症状がはっきり現れる)、④双極Ⅱ型障害(軽い躁症状とうつ症状が現れる)、⑤双極かもしれない(大うつ病とも双極性障害とも断言できない)、⑥?(まったく不明)、のようなスペクトラムになります。この配列の⑤番目の「双極かもしれない」というのは、うつ病と診断された患者さんについて、次のような疑問が出てくるからです。

  1. 躁が現れないといっても、実は短期間の軽い躁状態を見過ごしているのではないか?
  2. うつ状態と躁状態が混在して、同時に現れているため、躁が見つけられないのではないか?
  3. うつ状態は、エネルギーが低下して活動も低下するはずなのに、イライラ、焦燥感が現れるうつ感は、実は躁状態ではないのか?
  4. 家族内に双極性障害の人がいる場合、単極性うつ病にみえても、実は双極性障害ではないか?

双極性障害は、まだ研究途上にある精神疾患ですので、診断分類についても、常に議論が続いています。したがって、治療法もそうした分類によって変わってくるため、確立していない部分もあります。薬物療法についても研究途上です。こうしたことから、患者さんにとっても、経過をみないと診断できないことになります。経過をみるということは、再発してみないとわからないということです。つまり、時間をかけないと、診断が確定できないのです。アメリカからの報告によると、病名が確定するまで、平均8年を要したというデータもありますが、今後さらに研究がすすめば、双極性障害の診断や治療方法も開発されるものと思います。

気分循環性障害

双極性障害には、双極Ⅰ型とⅡ型以外に、気分循環性障害があります。これには波はあるけれど、軽いうつと軽い躁をくり返すタイプで、Ⅱ型よりさらに軽い症状です。軽いうつ症状は、うつ病というほどではない程度ですが、状態が重くなると双極Ⅱ型の診断を受けます。軽い躁は、持続期間が短く症状が軽いので、入院の必要はありません。仕事や社会生活に著しく障害を来たすこともありません。軽い躁状態と軽いうつ状態が2年以上くり返して続き、そうした症状のない時期が2カ月も続かないとき、気分循環性障害と診断されます。いつも軽い躁状態か軽いうつ状態が続き、情緒不安定にみえます。

気分循環性障害は比較的気分の動揺がゆるやかなため、気分変調性障害に似ています。気分変調性障害はうつ病のひとつで、軽躁状態がないこと以外は気分循環性障害と同じです。気分循環性障害の場合、社会生活はなんとか送れるものの、結婚生活や恋愛関係が破綻することもあり、アルコール依存症や薬物乱用に至るケースもあります。気分障害のひとつで、パーソナリティ障害と見誤られることもありますが、治療が遅れたり、治療をしないままこの状態が長年続くと、双極Ⅰ型障害や双極Ⅱ型障害へと病状が悪化することがありますので要注意です。

双極性障害と合併症

双極性障害の患者さんの場合、複数の心の病をかかえ、合併症が多い傾向にあります。こうした合併症の存在は、双極性障害の症状の見え方を複雑にし、診察や治療を難しくしている一面があります。また、この合併症の多さが、家族や周囲への負担を高めていて、社会的負担が大きい疾患といえます。合併する病気のそれぞれが、簡単に治療できるようなものではないことが、負担を大きくしている一因でもあります。主な合併症には、次のようなものがあります。

依存症

ある物質や行為などにのめり込んで、止めようと思ってもなかなか止められず、そこから抜け出すことが出来ない状態をいいます。のめり込む対象には、大きく分けて3つあります。

  1. 物に対する依存症…アルコール、タバコ、薬物(カフェインなど)など。
  2. 行為に対する依存症…買い物、仕事、ギャンブル、メール、ゲームなど。
  3. 人間関係に対する依存症…親、子どもなど。

この中で、最も怖いのがアルコール依存症、タバコ依存症、薬物依存症です。なぜなら、これらを摂取しすぎると、身体にこれらの物質に対する耐性ができ、身体依存の状態になって、一生その体質と付き合っていかなければならないからです。依存症は、対象に自分自身が支配され、自分をコントロールする事が出来なくなる病気で、仕事や人間関係など、社会生活に大きな支障をきたすことになります。

双極性障害の約3割が依存症を合併しているといわれ、中でも多いのがアルコール依存症や薬物依存症です。これらへの依存は、肝機能障害などの身体的な疾患を発症する恐れがあるほか、自殺リスクを高めることにもなります。

パーソナリティ障害 

かつて人格障害と言われていた精神疾患のひとつです。極端な考え方や行動によって、家庭や社会、仕事への適応が著しく困難な状態をいいます。情緒不安定で衝動的に行動し、人に意見されると強い不満や攻撃性を生じます。また慢性的に空虚感や憂うつを感じます。

パーソナリティ障害には、大きく分けて3つの型があり、A型には妄想性パーソナリティ障害、統合失調質パーソナリティ障害、統合失調型パーソナリティ障害の3つが、B型には反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害の4つが、C型には回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害の3つで、全部で10種類あります。

双極性障害の3~4割は、何らかのパーソナリティ障害を合併していると言われています。中でも境界性パーソナリティ障害との合併が多くみられます。パーソナリティ障害を合併していると、診断が難しくなり治療も困難になります。また医師と患者との信頼関係を維持するのが難しくなり、治療が長期化して周囲への負担もおおきくなります。

摂食障害

摂食障害とは、拒食症と過食症の総称です。表面上は、まったく反対の食行動異常ですが、両者は基本的には同じ病態で、拒食から過食へ以降する場合が多くみられます。発症年齢は思春期の女性に多く、極端な痩せ願望、肥満恐怖、ボディ・イメージのゆがみが見られます。心理的な原因として、家庭、学校、職場、友人関係での悩みなどからくるストレスが要因ともなっています。

双極性障害では、摂食障害のうち、特にむちゃ食いとの関連が指摘されています。躁の人がむちゃ食い障害を発病する確率は、一般の人の3倍以上になるとみられています。

ADHD

ADHDとは、注意欠如多動性障害のことで、発達障害のひとつです。年齢あるいは発達に不釣り合いな注意欠如、および、衝動性や多動性を特徴とする行動障害を起こし、社会活動や学業に支障をきたす症状をいいます。自閉症との併発も多く、学齢期の子どもの3~5%が発症しています。男女比では4~9対1の割合で圧倒的に男子に多く見られます。児童期の双極性障害は、このADHDとの合併が多いとの報告があります。イライラしたり怒りっぽく、衝動性が高いところや、次々考えが浮かんで集中できないところは、双極性障害の症状と重なっています。

不安障害

不安障害は、その人の状況から考えて、不釣り合いなほど激しい不安が慢性的に、また変動的にみられる精神疾患です。不安の強さは、軽いめまい程度のものから、死を意識するほどのパニック発作まで、多岐にわたっています。息切れ、めまい、心拍数増加などの症状が生じます。広場恐怖をともなうパニック障害の患者さんが、双極性障害を合併している割合は、約3割という報告もあります。とくに、15~19歳の若い年代でその率が高くなっています。

 

病態生理

脳機能における患者さんと健常者の相違

双極性障害の発症の原因のひとつと考えられている脳機能との関係について、脳の各部位がどうやら双極性障害の病態生理とかかわっているらしいことが分かってきました。関係する部位と思われるところに焦点をあて、頭部MRI検査、脳の機能を見る頭部SPECT、PET、fMRIなどの諸検査を行い、健常者の脳と比較して双極性障害の患者さんの脳にどのような異常がみられるのか検討したものです。以下は、その所見です。

1.背外側前頭前野
前頭葉の外側にある部位で、実行機能や問題解決、解析など、さまざまな認知機能を司っていると考えられるところです。ところが、双極性障害の患者さんの場合、投薬治療をされ寛解状態にある方では、この部位が萎縮していることがわかりました。
2.眼窩前頭皮質
眼球がおさまっている眼窩の上あたりにあって、衝動性や強迫性、欲動などをコントロールしていると考えられている脳です。成人の双極性障害の患者さんも小児の患者さんも、眼窩前頭皮質の体積が減少しているという報告があります。また機能画像では、悲しい気分に誘導したとき、躁病患者さんではこの部分で血流の低下が確認されています。しかし、うつ病患者さんでは、血流の低下はありません。
3.前部帯状皮質
帯状皮質は、左右の脳をつなぐ脳梁を囲む位置にありますが、その前部にあるのが前部帯状皮質です。これは前頭部に属し、その上部には背側前部帯状皮質があって、選択的注意を司っていると考えられます。下部には、腹側前部帯状皮質があって、抑うつ気分や不安をコントロールしていると考えられています。ここはまた膝下前部帯状皮質とも呼ばれています。

気分障害の家族歴がある患者さんの場合、双極性うつ病も単極性うつ病も、ともに左側の膝下前部帯状皮質の体積が減少していることが報告されています。また、服薬をしていない患者さんで、左側の膝下前部帯状皮質の代謝低下がPETで確認されています。また、最近のメタ解析によると、気分障害の患者さんでは膝下前部帯状皮質野体積は、左側も右側も減少していますが、特に左側の萎縮は気分障害の家族歴(遺伝)の影響を強く受けています。一方、単極性うつ病の場合に、うつ病エピソードの時のほうが寛解時よりも膝下前部帯状皮質の血流が亢進していて、抗うつ薬治療により低下するという報告もあります。
4.海馬
海馬は記憶にかかわっている部位で、感情的な色合いのあるデータを扁桃体と連携しながら記憶にとり込むと考えられています。ところが、双極性障害の患者さんにおいては、少数の研究では海馬の萎縮を報告していますが、多くの研究では海馬の体積は維持されています。
5.扁桃体
扁桃体は知覚刺激を感情的に評価する働きをしており、恐怖、怒り、悲しみをコントロールしていると考えられます。ところが、双極性障害の成人においては、扁桃体の体積が増大しており、逆に児童や思春期の患者さんにおいては、扁桃体の体積が萎縮していました。基底状態(無刺激状態)の機能は、成人においては亢進し、それはうつ病の程度と正の相関を示しました。
6.基底核
基底核は、尾状核、被殻、淡蒼球、視床下核、黒質から構成され運動機能の統合を司っていますが、感情的なデータも扱うことが指摘されています。双極性障害の患者さんと健常者と比べたとき、尾状核や淡蒼球の体積は変わらず、機能も変わらなかったという報告が多いのですが、線条体(尾状核+被殻)の体積は患者さんのほうが大きかったという報告や、線条体の体積は双極性障害の罹患期間が長いほど小さく、発症年齢が高いほど小さいという報告もあります。躁状態やうつ状態で、何らかの課題を課した後の機能が亢進するという報告もあります。
7.白質
前頭前野から眼窩前頭皮質、内包、線条体、視床、脳梁膝部(前部帯状皮質に隣接)、側頭皮質に神経繊維を投射し、連絡する機能をもっています。寛解した双極性障害の成人患者さんでは、左側の膝下前部帯状皮質と扁桃体・海馬を連絡する神経繊維が再構築されているという報告があります。 

上記報告に付け加えると、双極性障害においては脳室周囲の高信号領域や側脳室と第三脳室の拡大が指摘されていました。後者については、双極性障害の再発をくり返すほど拡大が進んでいて、経過を反映している可能性が指摘されています。また、両側の扁桃体の肥大を指摘する報告もありましたが、リチウムやバルプロ酸などの気分不安薬の影響もないとは言えませんでした。

以上のような報告がある中で、双極性障害の脳画像に関して、どの所見が本当に確からしいのか検討するため、2008年に双極性障害の患者さんと健常者の脳画像を比較した141の研究結果をメタ解析にかけました。対象となった患者さんの数は全体で3,509名、健常者の数は4,687名でした。解析の結果、双極性障害の患者さんの方が健常者よりも脳室が有意に拡大しており、側脳室全体が117%の拡大、右の側脳室が112%の拡大、第三脳室が113%の拡大でした。反対に、有意に小さかったのは、脳梁の93%の縮小であることが分かりました。

双極Ⅱ型障害を除外して双極Ⅰ型障害と健常者を比較したところ、新たに有意差が生じたのは、灰白質の体積と左の膝下前頭皮質においては健常者の方が大きく、また淡蒼球においては双極Ⅰ型障害の方が大きかったことがわかりました。また、高信号領域の出現においては、双極性障害の方が健常者より有意に多く、全体では3倍、深部白質では2.5倍、皮質下灰白質では2.8倍、左半球では4.1倍、右半球では5.6倍、前頭皮質では6倍、頭頂皮質では6.5倍でした。

年齢や発症年齢は、深部白質の高信号領域に影響せず、罹患期間も脳室拡大に影響を与えませんでした。リチウムの服用は、灰白質の体積を増大させましたが、深部白室の高信号領域には影響を与えませんでした。したがって、このメタ解析の結果からは、脳室拡大は罹患期間に伴うものではなく、おそらく発症時点で存在しているものと考えられます。

神経伝達物質や神経栄養因子との関係

以前より、双極性障害はドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質との関わりが指摘されてきました。まず、1970年代に提唱されたのが、アセチルコリンとノルアドレナリンの不均衡仮説です。その後に、今度はうつ病患者の脳脊髄液でドーパミンの代謝産物であるhomovanilic acid (HVA)の濃度が低いという報告がされました。また、双極性障害の患者さんの死後脳研究で、セロトニンやセロトニンの代謝物質である5-hydroxyindol acetic acid(5-HIAA)の低下を確認しました。さらにこの年代に提唱されたもうひとつの仮説は、双極性障害の患者では、健常者と比べて赤血球中のナトリウム・カリウムATPaseが低下しているために、電解質の異常が関連しているというものでした。

そして、1980年代にはGTP結合蛋白質、cAMPやIP3などのセカンドメッセンジャー、カルシウムなど、さまざまな要因が双極性障害の病態生理と関連しているのではないかと指摘されました。また、神経伝達物質が結合する受容体に関する研究では、まだ治療していない双極性障害の患者さんにおいて、健常者と比較したとき、中脳縫線核や辺縁系で5-HT1A受容体が、大きく減少していることがPETを用いた研究で明らかにされました。

最近の研究では、脳由来の神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)や神経保護因子が不足することで、正常気分を維持する神経回路(前頭前野、前部帯状皮質、海馬、扁桃核、基底核、視床などから構成される)の機能が低下して、気分の逸脱が生じる結果となり、躁病相やうつ病相が生じるという考え方があります。

このBDNFは、脳細胞の新生や生存、樹状突起の成長やシナプスの可逆性などをコントロールする重要な栄養因子ですが、大うつ病性障害のうつ病エピソードで、血中BDNF濃度が低下していることが知られています。しかし、この低下は抗うつ薬を投与することによって回復することも報告されています。また、双極性障害においては、躁病エピソードにおいてもうつ病エピソードにおいても、血中BDNF濃度が低下していることが分かっています。そして、血中BDNF濃度が低下すればするほど躁病エピソードの程度が重症になることも報告されています。そして、低下した躁病エピソードの患者さんの血中BDNF濃度が、リチウム投与によって上昇し、健常者の血中BDNF濃度と有意差がなくなることも最近報告されています。このことから、気分障害の病態生理とBDNFは密接に関連していることが考えられます。

このBDNFについては、設計図となっているBDNF遺伝子の多型が検討されてきましたが、66番目のvalineがmethionineに置換したVal66Metを有するものは、健常者であってもエピソード記憶が低下したり、海馬の体積が減少したり、N-acetylaspartate活性も低下し、背外側前頭前野の体積も減少することが分かりました。不思議なことに、野生型であるVal66Valを有する者が、双極性障害に多いことが分かっています。ただし、これは世界共通の所見ではなくて、日本や中国ではこの関連を否定しています。

さて、1年に4回以上再発をくり返す患者は病相頻発型気分障害を有しており、こういう方をラピッドサイクラーと呼びますが、Greenらの研究によると、ラピッドサイクラー131名のうちVal66Valは101名、Val66Metは29名、Met66Metは1名でしたが、対照者2,100名のうち、Val66Valは1,372名、Val66Metは600名、Met66Metは68名と多型の分布に有意差がありました。Valの遺伝子頻度は、ラピッドサイクラーで88%、対照者で81%、Metの遺伝子頻度はラピッドサイクラーで12%、対照者で19%とやはり有意差がありました。つまり、正常であるはずのValを66番に有するものが双極性障害に多いことになります。同様の報告はMullerらによっても報告されています。つまり機能が高いはずのVal66が双極性障害に有意に多いということですが、Postはこれに関してBDNFの前駆物質であるpro BDNFがBDNFの機能とは逆に、細胞機能を低下させ、細胞死を促す作用があると指摘し、悪玉のpro BDNFによる作用がVal66ではむしろ増強されてしまい、これが双極性障害の発症につながっている可能性を示唆しています。

双極性障害の遺伝

双極性障害の一般人口における生涯罹患率が0.5~1.5%であるのに対して、双極性障害の患者さんとの関係が親子であれば5~10%と高く、一卵性双生児であれば40~70%ときわめて高いことからみると、遺伝の影響を強く示唆する結果となっています。しかし、連鎖研究でいくつか注目すべき部位が示唆されましたが、その後の追試で否定されたりして、広く認められたものではありません。他方、双極性障害の病態生理と関連すると考えられているモノアミンの酸化酵素や、再取り込みのトランスポーター、BDNFなどの機能性蛋白の遺伝子の多型を標的にした関連研究が数多く行われてきました。興味深い所見では、統合失調症と共通するDisrupted in Schizophrenia1(DISC1)などの遺伝子が、双極性障害にも関連しているという報告もありますが、ここでも一致した所見にはならず、広く認められたものではありません。

2001年には、ヒトゲノム全体が解析されたことにより、すべての遺伝子を対象に網羅的に解析するゲノムワイド関連解析(GWAS)が注目され、双極性障害に関しても例外ではありませんでした。加藤忠史氏の「気分障害のゲノミックス研究」で、カルシウムチャネルを含むイオンチャネルと細胞骨格をつなげる役割を果たす細胞膜裏打ち蛋白アンキリンGをコードしているAnkyrin-G gene(ANK3)との関連を認めた報告などがありますが、これらは双極性障害のイオン輸送異常仮説に合致した所見と考えられます。しかし、加藤氏は双極性障害のGWAS研究では、①もっとも関連を認めた遺伝子が研究間でほとんど一致しない、②もっとも関連を認めた遺伝子にはこれまで候補遺伝子とされてきたものがほとんどない、③オッズ比2以上の強い影響を持つ遺伝子が見つかっていない、などの理由から、双極性障害は異種性や多数の遺伝子が関与している可能性がある点と、双極性障害は稀な影響の強い遺伝子異変などによって発症している可能性を挙げています。いずれにしても、双極性障害の病因解明にはさらに研究検討が求められています。