全般性不安障害

全般性不安障害

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全般性不安障害

全般性不安障害は、ごく最近知られてきた病気です。 日常生活では誰でも不安や心配になることがありますが、それには理由や根拠があり、なんとか耐えることができます。 しかし、この全般性不安障害の不安はとりたてて理由もなしに、ふと、こころに浮かびます。対象を変えながら途切れることなく、次々と現れます。 また、絶えず、何か悪いことが起こるのでないか、失敗するのでないか、といったような心配事に心が占領されて、気持ちのやすらぐときがありません。 そしてこのとき特徴的なことは、心配事の内容が日常的な出来事で、仕事の責任、家の経済状態、家族や自分の健康、子供についてなどで、周囲の人からみれば取り越し苦労的なものが多いことです。 そして、本人も心配しなくてもよいということがわかっていることが多いのです。

しかし、いくら大丈夫、問題ないと自分にいいきかせても心配をコントロールできません。 いわば、取り越し苦労が1つ生まれると、その心配は次の心配を呼び寄せます。 間断なく数珠つなぎになって心配事が現れる状態と考えてください。 取り越し苦労とはいえ、常時、心配事をかかえていることは、大変なストレスです。イライラしやすく、リラックスできません。 このような状態が長期間続くと疲れやすく、落ち着きがない、小さな刺激にも敏感、物事に集中できなくなります。 心だけでなく、身体的にも筋肉が緊張して肩や首がこったり、筋緊張性頭痛、ふるえ、口の渇き、汗をかく、吐き気、下痢、頻尿、のどの違和感、ちょっとしたことにひどく驚く、筋肉のけいれんを生じます。

そのうえ寝つきが悪く、眠りが浅い睡眠障害を引き起こします。全般性不安障害の生涯有病率は3~5%と非常に多い病気で、女性に多く見られます。 またパニック障害をはじめとする不安障害やうつ病などで受診した患者さんを注意深く診察すると、全般性不安障害も同時にもっていることが見つかる場合がよくあります。 訴える症状の中に不安が含まれている患者さんの30~40%に、全般性不安障害がみられるという報告もあります。 アルコール依存症や睡眠薬などの薬物依存が同時に起こっていることもあります。 子供や若い人の場合は、勉強の成績や運動会などで自分がうまくやれるかどうかをひどく気にしたりします。 時間を守ることに過度に神経質だったり、地震や核戦争など破局的な出来事を心配したりすることもあります。 過度に従順、完全主義、自分に自信がもてない、ささいなミスや間違いで課題をやりなおす、承認を求めることに過度に熱心、などの傾向が認められます。 ある日突然起こるパニック発作から始まるパニック障害などの疾患と違って、多くの場合、いつから病気が始まったのか、あまりはっきりしません。

そのような不安が慢性的に持続しますが、悪くなったり少しラクになったりという波があります。ストレスが強い時期には、症状が悪化することが多くなります。 そういった人の多くは、自分は子どものころからずっと不安で神経質だったといいますが、不安症状の治療を求めて精神科を受診するのは、かなり上の年齢になってからであることが大半です。 不安に思う事柄が多岐にわたっているうえに、心身のさまざまな症状があるために、実際には内科など一般の診療科を受診する人がたいへん多く見られます。 そうすると検査をしても身体の異常はなく、「自律神経失調症」「心身症」「更年期障害」などといわれることもあり、不安症状の治療につながらないケースが少なくありません。 全般性不安障害の患者さんは、過剰な不安や心配との長年の付き合いから、自らを『苦労性』とか『心配性』と形容し、性格的なものと思いこんで、病気の可能性に気がついていません。 悪いことを予感し、それを避けるために日常行動も狭い範囲に限られ、生活の質は低下しています。 病的な不安を治療するためにも、全般性不安障害の正しい知識が大切といえます。

全般性不安障害治療方法

薬物治療と認知行動療法やEMDRなどの心理療法を組み合わせることで、高い治療効果を得ることができます。

心理療法では、自分の不安・心配の受け止め方が偏っているのではないかと検討し、環境刺激であるストレスとその反応である感情・認知(思考)・身体(自律神経)・行動の変化との相互作用を検討して、精神障害、ストレス反応において生じている悪循環を断つことにより、症状の改善や問題の解決を図ろうとする認知行動療法や眼球の動きを利用して、記憶の脱感作と再処理を行うEMDRの有効性が立証されています。

人間の反応の中で、感情(不安、緊張、イライラなど)や身体(疲労、頭痛、めまい、動悸など)の反応は、症状の中心ではありますが、意識的にコントロールすることが困難です。認知行動療法は、意識的にコントロール可能な認知と行動に働きかけて修正することにより、患者さんがおかれている悪循環を断つことによって、感情や身体の反応を含めた症状を相互作用的に改善しようとするものです。 全般性不安障害の認知療法としては、不安や恐怖のもとにある「自分または身近な人が大きな災難に遭うのではないか」などの誤った不適応的な考えを見つけて、現実的・客観的に否定して適切な考えに置き換える認知再構成が中心に行なわれます。

→ 全般性不安障害 心理療法

→ 全般性不安障害 薬物治療

全般性不安障害 認知行動療法

認知行動療法(CBT)はドナルドマイケンバウムの著作タイトルに初めて使われ、アルバートエリスやアーロンベックにより、当初はうつ病に対する治療法として確立され、患者さんの苦痛の原因となっている歪んだ思考や考え方、感じ方(認知)を発見し、それを検証して修正を行っていくことで治療を行うものです。 認知行動療法は認知療法と行動療法の二つの治療を組み合わせたものです。 認知療法とは、考え方に働きかける治療法です。思考のパターンが極端に悲観的・否定的になっている場合などに、その修正を図ることができます。 行動療法は、文字どおり行動面に働きかける治療法です。

生活には必要ない不合理な行動がくせのようになり、生活上の支障となっているとき、その習慣を変えることに用いられています。 最近になって、この治療法が行われる疾患は飛躍的に増加しています。
例えば、うつ病などの気分障害、双極性障害(躁うつ病)、様々な恐怖症、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、薬物(麻薬・覚せい剤・シンナーなど)乱用やアルコール依存症、強迫性障害、発達障害、摂食障害、パーソナリティ障害など、非常に多岐に渡っています。 イギリスやアメリカなどの国々では、認知行動療法がうつ病・不安障害治療の第一選択となっています。 認知行動療法と薬物療法とを組み合わせた治療法では、単体を用いる治療法に比べて非常に高い治療効果が得られることが科学的に立証されています。 日本認知療法学会や、日本行動療法学会は、毎年の大会で多くのワークショップを開き、その普及に努めていますが、現段階ではこの認知行動療法を受けることができる精神科クリニックや心療内科クリニックは非常に少なく、日本ではこの治療法が普及しているとは言えないのが現状です。 また、臨床心理士や精神保健福祉士などの養成機関においても、この認知行動療法を習得できる機関はごく一部であり、アメリカやイギリスに比較して大きく遅れており、今後の早急な改善が求められています。

では、この認知行動療法とはどういった治療法なのでしょうか?
人間の認知(思考・考え方・感じ方)というのは千差万別であり、同じ出来事が起こったとしても、人によって認知の仕方(感じ方)は様々です。 例えば、『配偶者が自分よりも先に亡くなった』という出来事が起こった場合、Aさんにとっては絶望的であり生きる希望をなくして自分も死んでしまいたいという認知が起こり、Bさんにとっては配偶者に十分な恩返しができずに、今となっては取り返しがつかないと自分を責めるという認知が起こり、Cさんにとっては配偶者の生前にはたくさん楽しい思い出があり、十分に恩返しが出来たので安らかに眠って欲しいという認知が起こり、Dさんにとっては窮屈で息苦しい関係から開放されて、せいせいしたという認知が起こるというぐあいに、同じ出来事に対しても人によっては本当に様々な認知が起こります。 Aさんは自分も死んでしまいたいほど辛く悲しいことと感じるのに対して、Cさんは思い残すこともなく十分に亡くなった配偶者に感謝できて気持ちの整理ができるといったように、全く同じ出来事に対して、感じ方(認知)は正反対のことが起きる可能性があります。
また、例えば『勤めていた会社でリストラに会って失業した』という出来事が起こった場合、Aさんにとっては自分に能力がなく自分の失敗のせいでリストラに会ってしまい、もはやどの会社に再就職しても同じようにリストラになってしまうので死んでしまいたいという認知が起こり、Bさんにとっては勤めていた会社は自分にとって最適とは思えず、これを機に再就職して心機一転がんばろうという認知が起こり、Cさんにとっては最近過労ぎみでちょうどよい機会なので、かねてより楽しみにしていた海外旅行に行って十分に満喫しようという認知が起こります。
また、二人の男性が同時に一人の女性に好意を寄せているときに、二人はその女性をデートに誘いますが、彼女はどちらも断った時に、その二人の男性のうち一人は自分に魅力がなく、どんな女性にも好かれないと落ち込む一方、もう一人の男性はデートに断られたのはがっかりしたが、たまたま運が悪かっただけでたいしたことではないと、気にしていないということが起こりえます。
つまり人間は多くの考え方・感じ方・捉え方(認知)の中から一つの考え方・感じ方(認知)を選択しているにすぎないということです。

このようにある出来事に対する認知の仕方で、自分にとって苦痛や不都合となる認知の仕方を、自分にとって幸福や好都合となる認知の仕方へ変えていく作業のことを認知行動療法と考えればわかりやすいかと思います。 認知行動療法が広く行われるようになったのは、人間というのは心理的苦痛を感じているときに思考が柔軟性を欠き、認知が歪んだものとなる傾向にあることに起因しています。情報処理の方法(認知)が歪んでしまうわけです。この歪んだ情報処理にはいくつかのパターンがあります。全か無かの思考、結論の飛躍、読心術、レッテル貼り、感情的理由づけなどです。 全か無かの思考というのは、状況を二者択一的に考えることで、例えば有名大学に進学できなければ自分は終わりだ(大学に進学していない人も幸せに暮らしている人がたくさんいるとは考えられない)や、会社をリストラになったら死ぬしかない(リストラになっても、再就職して幸福に暮らしている人がたくさんいるとは考えられない)や、自分は低所得なので、または自分はブスなので結婚などできない(普通だとこんな考え方はしませんが、そのことで悩んでいる人はこのように考える方が多いです)などです。

結論の飛躍というのは何事も性急に判断してしまうことで、例えば会社に入社して2,3日でこの仕事は自分に適性がないと思い込み退職することや、認知行動療法を受けても初回の治療だけでこの治療では自分は治らないと思い込むことや、たった1社の会社面接が不合格になっただけで、自分はどこにも就職できないと決め付けることや、結婚して2,3ヶ月も経たないうちに配偶者とはやっていけないと離婚を考えたりすることです。

読心術とはなんの証拠もなく他者の考えを思い描くことで、例えば会社の上司が自分に仕事をたくさん命じるのは上司に嫌われているからだ思い込んだり(上司が自分を頼りにしているとは考えられない)、近所の人に挨拶したら返事が返ってこなかったので自分はのけ者にされていると思い込んだり(その近所の人が単に愛想が悪い人なのかもしれないとは考えられない)や、付き合っている異性の笑顔が少なかったので、もう嫌われてしまったと思い込む(異性が体調不良であったとか、たまたまその時機嫌が悪かっただけだとは考えられない)などです。

レッテル貼りというのは、自分自身の行動に対してではなく自分自身にレッテルを貼ってしまうことで、例えば大学入試に失敗したということは自分は落ちこぼれだとレッテルを貼ってしまう(1回ぐらい大学入試に失敗したからといって、また再度挑戦すればよいとは考えられない)、または1回のお見合いで失敗したということは自分は負け組みだとレッテルを貼ってしまう(お見合いというのは通常1回ではなかなか決まらないというふうには思えない)、または自分の給料が安いということは自分は落伍者だとレッテルを貼ってしまう(給料だけで人間の評価が決まるわけではないとは思えない)、などです。

感情的理由づけというのは、そのように感じることを事実だと決め込むことで、例えば私は今の仕事が向いていないと感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(他人からの評価を考慮に入れない)、自分はあの人に嫌われていると感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(あの人に確認したわけでもないのにそう決め付けてしまう)、自分は落伍者だと感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(他人からの客観的な評価を考慮に入れない)などです。

行動療法

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コラム法

自分の考えや判断がどの程度現実にそっているかを、紙に書き出しながらチェックしていく方法として、「コラム法」があります。 ノートでも便せんでもなんでもよいのですが、適当な紙に線を引いて欄(コラム)に分けて、それぞれの欄に「状況」「不快な感情」「自動思考」「代わりの考え」「心の変化」と見出しを立てておきます。

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全般性不安障害 人間関係療法 (対人関係療法)

自分をもっと認める
人間関係がぎくしゃくしてくると、人間はつい悪者探しをしたくなります。 まじめに考えようとする人の場合、その悪者は往々にして自分自身になります。 自分の欠点を探し出して、自分たたきを始めます。 自分で自分のあら捜しをしますから、欠点はいくらでも見つかりますし、辛さは増すばかりです。 しかし、人間はそんなに簡単に自分を変えることは出来ません。欠点はあるでしょうが、それ以上に現在の自分にもプラスの面がいろいろあるはずです。 自分で自分のことを受け入れていないのであれば、他の人はそれ以上に受け入れにくいはずです。 もっと自分のことを信じて、ありのままの自分を受け入れるところから始めることが大切です。
他の人のことをもっと認める
人間関係がうまくいかないとき、人間はつい他の人のせいにしたくなることもよくあります。 自分で自分のことを責めるのに疲れて、他に原因を探し出そうとするからです。 自分の世界に閉じこもって他の人の欠点ばかりに目をむけていると、意外に悪いところばかりが目についてくるものです。 しかし、他の人を責め立てたところで、問題が解決するわけではありません。 特にそのような場合には感情的になってしまっていて、その人の人間性に対する批判ばかりが頭に浮かぶようになっているからです。 自分が変われないのと同じように、他の人だって簡単に変わることはできません。 相手のマイナス面をありのままに受け入れ、さらにその人のプラス面にも目を向けるようにすることが大切です。
問題点は何かを具体的に考えてみる
人付き合いがうまくいかなくなって原因探しをするときに、人間性を批判しがちです。 『こんなことをした自分は駄目な人間だ』と自分を責めたり、『こんなことをするなんてひどいやつだ』と相手を責めたりするのです。 しかし、それでは事態の解決になりません。 なぜ人間関係がうまくいかないのかといった大きな問題ではなく、お互いの間にどのようなことが起きていて、どの部分でうまくいかなくなっているのかということを丁寧に考えてみることが大切です。 そうして具体的な問題を浮き彫りにすることができれば、それに対する解決法も見つかりやすくなります。
完璧な人間関係はない
人間関係がうまくいかなくなると、生じている問題にばかり目を向けて、自分を追い込んでいってしまうことがあります。 『これがいけない』、『あれがいけない』と、次々と問題が目に付いて、取り返しがつかないような気持ちになってしまうのです。 しかし、すべてがうまくいく完璧な人間関係などありません。お互い違う世界に生きている人間なのですから、うまくいくこともあれば、ぶつかることだってあります。 いくら恋人でも、家族でも、人はそれぞれ違う世界に生きています。 『何でもわかりあえるはずだ』、『なんでもわかってもらえるはずだ』と期待しすぎると、人間関係は辛くなるばかりです。
意見の食い違いを恐れすぎない
人間関係が窮屈だと感じているとき、人間は少しでも意見が食い違ってはいけないと考えて、自分の気持ちを押さえ込んでいることがよくあります。 しかも、そうしたことは親しい人の間で起こりやすくなります。 相手の人を大切だと思えば思うほど、同じ考えでいたいと思うからです。 少しの食い違いが、取り返しのつかない問題にまでなるのではないかと恐れることさえあります。 しかし、少しくらい意見が違っても、それですべてがだめになってしまうことは滅多にありません。 そうした食い違いがあっても、それを認め合うことで人間関係に幅が出てきます。 それくらいでだめになる関係であれば、どんなに配慮をしていても、いずれどこかで破綻してしまうでしょうし、それはそれで構わないのです。
言いづらいこともしっかりと伝える
相手の人と違う意見を口にするのはなかなか難しいものです。 『相手が不快な気持ちになるのではないか』、『腹を立ててしまうのではないか』と言った心配が、次々と頭に浮かんできます。 しかし、はっきりと口にしなければ伝わらないこともあります。黙っていたために、かえって後で関係がこじれてしまうことさえあります。 要は、それをどのように伝えるかなのです。かといって、無理して気のきいたことを言おうとする必要もありません。 相手の気持ちを傷つけすぎないように、表現の仕方さえ工夫すればいいのです。 どうしても自分から言いにくいことは、他の人に伝えてもらうというやり方もあります。自分の意見を伝えることを恐れすぎないことが大切です。
言葉に頼り過ぎない
自分の気持ちを相手の人に伝えるとき、言葉が大切な役割を果たすことはもちろんですが、言葉だけですべてが済むわけではありません。 言葉が持つ意味は人によって違いますし、お互いの関係によって意味が違ってくることもあります。 『それでいいよ』という同じ言葉でも、本当に同意していることもあれば、しぶしぶ同意していることも、腹立たしく感じていることもあります。 人付き合いでは、言葉にならない言葉を伝えたり、感じ取ったりする必要があります。 コミュニケーションは、言葉の内容はもちろん、態度や雰囲気、言葉の抑揚や調子など、私たちの存在すべてを使って行うものなのです。
思い込みから自由になる
人間は現実を現実のまま客観的に見ているわけではありません。現実判断には、かなり自分なりの思い込みが影響しています。 だからこそ、相手のことを即座に直感的に理解して、リズミカルな人間関係を作り上げることもできますが、いったんその歯車が狂いだすと、マイナス思考がどんどんわいてきて、関係がぎくしゃくしていくこともあります。 『私のことが嫌いなんだろうか』という疑問が、『私のことを嫌いに違いない』という思い込みに変わるのに、そんなに時間はかかりません。 人間関係が辛くなったときには、自分の思い込みに根拠があるかどうか、立ち止まって考えてみることも大切です。
思い切って自分流を捨てる
人間関係に限らず、私たちは、自分のしていることがうまくいかなくなればなるほど、自分流のやり方にこだわるようになります。 問題が起きると、人間はまず自分がやり慣れた方法で対処しようとします。それが一番良いと感じるからそうするのですが、それだけに、その方法がうまくいかないと自分が否定されたように感じて、ますますそのやり方にこだわるようになります。 『うまくいかないはずがない』と考えて、自分流にこだわってしまうのです。 それでは問題が解決できるはずがありません。思い切って自分流を捨てて、新しい視点から問題を眺めてみることも必要です。
困ってもよい
人間は、すべての人といつも仲良くできるわけではありません。 相性のあう人、あわない人、いろいろいます。仲のいい人とでも、ときには喧嘩をします、大事なことは、そうした問題が起きたときにどのように解決するかなのです。 問題を一つ一つ解決して、それをその後の人間関係に生かせばいいのです。 困らなければ問題は見えてきませんし、困る中に解決のヒントが隠されていることも少なくありません。 困ることを恐れず、自分を信じ、相手の人を信じて辛抱強く付き合ううちに、また新しい人間関係が出来上がってきます。

アサーション・トレーニング

アサーションとは行動療法から生まれ、自己主張が苦手な人を対象としたカウンセリング技法として発展したコミュニケーション・スキルの1つです。 アサーション・トレーニングとは、自分と相手の人権を尊重した上で、自分の意見や気持ちを適切な表現方法(アサーティブな自己表現)で表現出来るようにするトレーニングです。


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EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理)

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理)は、最近マスコミなどでも取り上げられることの多くなったPTSD (Post Traumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)に対して最も効果的 と言われて、大変注目されている治療方法です。 その他にも、パニック障害や強迫性障害、社交不安障害、全般性不安障害、うつ病、躁うつ病などへの応用も期待されています。

 → EMDRについてはこちら

全般性不安障害 薬物治療

症状の中でも、身体的な緊張や不眠は抗不安薬のベンゾジアゼピンによって速やかな改善が期待できます。
連鎖的に現れる不安・心配に対しては、効果が現れるまでに多少時間がかかりますが、SSRIの有効性が期待されています。 5-HT1A受容体部分作動薬(セディールなど)も、全般性不安障害に対する効果が確認されています。

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