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軽度のうつには薬物療法よりも認知行動療法を優先
2009年3月に放送されたテレビ番組「NHKスペシャルうつ病治療常識が変わる」で紹介されていましたが、イギリスでは2002年に認知行動療法が公的保険の適用対象になる医療制度がはじまりました。(日本でも2010年度診療報酬改定により健康保険適用となりました)
番組の冒頭で、「うつ病の治療を何年にもわたって受けているが、成果が出ない」あるいは「薬物の処方がなされてるが、症状が悪化しているケースがかなりある」ことなどが指摘されていました。このような患者さんには、認知行動療法が有効だと注目されているそうです。
また、認知行動療法と抗うつ薬との併用で、うつ病の再発率もかなり減ってきているようです。 諸外国では、軽度のうつ病にはまずは認知行動療法をすすめているようです。
私自身診断をする際にも、うつ状態の初発症状では、「かくれ躁うつ病」ではないかどうか鑑別し、単極性のうつ病だったとしても、本当に抗うつ薬が必要かどうかを判定するために、まず認知行動療法を先に受けるのが望ましいと考えています。 つまり、薬の投与は認知行動療法のあとでもいいのではないかと思うのです。 抗うつ薬SSRIが発売されたと同時にうつ病の患者さんが増えた、自殺がかえって増えたといわれている原因も、ここにあるように思います。
うつ病認知行動療法
認知行動療法(CBT)はドナルドマイケンバウムの著作タイトルに初めて使われ、アルバートエリスやアーロンベックにより、当初はうつ病に対する治療法として確立され、患者さんの苦痛の原因となっている歪んだ思考や考え方、感じ方(認知)を発見し、それを検証して修正を行っていくことで治療を行うものです。
認知行動療法は認知療法と行動療法の二つの治療を組み合わせたものです。認知療法とは、考え方に働きかける治療法です。思考のパターンが極端に悲観的・否定的になっている場合などに、その修正を図ることができます。
行動療法は、文字どおり行動面に働きかける治療法です。生活には必要ない不合理な行動がくせのようになり、生活上の支障となっているとき、その習慣を変えることに用いられています。
最近になって、この治療法が行われる疾患は飛躍的に増加しています。
例えば、うつ病などの気分障害、双極性障害(躁うつ病)、様々な恐怖症、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、薬物(麻薬・覚せい剤・シンナーなど)乱用やアルコール依存症、強迫性障害、発達障害、摂食障害、パーソナリティ障害など、非常に多岐に渡っています。 イギリスやアメリカなどの国々では、認知行動療法がうつ病・不安障害治療の第一選択となっています。認知行動療法と薬物療法とを組み合わせた治療法では、単体を用いる治療法に比べて非常に高い治療効果が得られることが科学的に立証されています。 日本認知療法学会や、日本行動療法学会は、毎年の大会で多くのワークショップを開き、その普及に努めていますが、現段階ではこの認知行動療法を受けることができる精神科クリニックや心療内科クリニックは非常に少なく、日本ではこの治療法が普及しているとは言えないのが現状です。
また、臨床心理士や精神保健福祉士などの養成機関においても、この認知行動療法を習得できる機関はごく一部であり、アメリカやイギリスに比較して大きく遅れており、今後の早急な改善が求められています。 では、この認知行動療法とはどういった治療法なのでしょうか?人間の認知(思考・考え方・感じ方)というのは千差万別であり、同じ出来事が起こったとしても、人によって認知の仕方(感じ方)は様々です。
例えば、『配偶者が自分よりも先に亡くなった』という出来事が起こった場合、Aさんにとっては絶望的であり生きる希望をなくして自分も死んでしまいたいという認知が起こり、Bさんにとっては配偶者に十分な恩返しができずに、今となっては取り返しがつかないと自分を責めるという認知が起こり、Cさんにとっては配偶者の生前にはたくさん楽しい思い出があり、十分に恩返しが出来たので安らかに眠って欲しいという認知が起こり、Dさんにとっては窮屈で息苦しい関係から開放されて、せいせいしたという認知が起こるというぐあいに、同じ出来事に対しても人によっては本当に様々な認知が起こります。 Aさんは自分も死んでしまいたいほど辛く悲しいことと感じるのに対して、Cさんは思い残すこともなく十分に亡くなった配偶者に感謝できて気持ちの整理ができるといったように、全く同じ出来事に対して、感じ方(認知)は正反対のことが起きる可能性があります。
また、例えば『勤めていた会社でリストラに会って失業した』という出来事が起こった場合、Aさんにとっては自分に能力がなく自分の失敗のせいでリストラに会ってしまい、もはやどの会社に再就職しても同じようにリストラになってしまうので死んでしまいたいという認知が起こり、Bさんにとっては勤めていた会社は自分にとって最適とは思えず、これを機に再就職して心機一転がんばろうという認知が起こり、Cさんにとっては最近過労ぎみでちょうどよい機会なので、かねてより楽しみにしていた海外旅行に行って十分に満喫しようという認知が起こります。
また、二人の男性が同時に一人の女性に好意を寄せているときに、二人はその女性をデートに誘いますが、彼女はどちらも断った時に、その二人の男性のうち一人は自分に魅力がなく、どんな女性にも好かれないと落ち込む一方、もう一人の男性はデートに断られたのはがっかりしたが、たまたま運が悪かっただけでたいしたことではないと、気にしていないということが起こりえます。 つまり人間は多くの考え方・感じ方・捉え方(認知)の中から一つの考え方・感じ方(認知)を選択しているにすぎないということです。 このようにある出来事に対する認知の仕方で、自分にとって苦痛や不都合となる認知の仕方を、自分にとって幸福や好都合となる認知の仕方へ変えていく作業のことを認知行動療法と考えればわかりやすいかと思います。
認知行動療法が広く行われるようになったのは、人間というのは心理的苦痛を感じているときに思考が柔軟性を欠き、認知が歪んだものとなる傾向にあることに起因しています。情報処理の方法(認知)が歪んでしまうわけです。 この歪んだ情報処理にはいくつかのパターンがあります。全か無かの思考、結論の飛躍、読心術、レッテル貼り、感情的理由づけなどです。
全か無かの思考というのは、状況を二者択一的に考えることで、例えば有名大学に進学できなければ自分は終わりだ(大学に進学していない人も幸せに暮らしている人がたくさんいるとは考えられない)や、会社をリストラになったら死ぬしかない(リストラになっても、再就職して幸福に暮らしている人がたくさんいるとは考えられない)や、自分は低所得なので、または自分はブスなので結婚などできない(普通だとこんな考え方はしませんが、そのことで悩んでいる人はこのように考える方が多いです)などです。
結論の飛躍というのは何事も性急に判断してしまうことで、例えば会社に入社して2,3日でこの仕事は自分に適性がないと思い込み退職することや、認知行動療法を受けても初回の治療だけでこの治療では自分は治らないと思い込むことや、たった1社の会社面接が不合格になっただけで、自分はどこにも就職できないと決め付けることや、結婚して2,3ヶ月も経たないうちに配偶者とはやっていけないと離婚を考えたりすることです。
読心術とはなんの証拠もなく他者の考えを思い描くことで、例えば会社の上司が自分に仕事をたくさん命じるのは上司に嫌われているからだ思い込んだり(上司が自分を頼りにしているとは考えられない)、近所の人に挨拶したら返事が返ってこなかったので自分はのけ者にされていると思い込んだり(その近所の人が単に愛想が悪い人なのかもしれないとは考えられない)や、付き合っている異性の笑顔が少なかったので、もう嫌われてしまったと思い込む(異性が体調不良であったとか、たまたまその時機嫌が悪かっただけだとは考えられない)などです。
レッテル貼りというのは、自分自身の行動に対してではなく自分自身にレッテルを貼ってしまうことで、例えば大学入試に失敗したということは自分は落ちこぼれだとレッテルを貼ってしまう(1回ぐらい大学入試に失敗したからといって、また再度挑戦すればよいとは考えられない)、または1回のお見合いで失敗したということは自分は負け組みだとレッテルを貼ってしまう(お見合いというのは通常1回ではなかなか決まらないというふうには思えない)、または自分の給料が安いということは自分は落伍者だとレッテルを貼ってしまう(給料だけで人間の評価が決まるわけではないとは思えない)、などです。
感情的理由づけというのは、そのように感じることを事実だと決め込むことで、例えば私は今の仕事が向いていないと感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(他人からの評価を考慮に入れない)、自分はあの人に嫌われていると感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(あの人に確認したわけでもないのにそう決め付けてしまう)、自分は落伍者だと感じる、だからそれは事実に違いないと決め付けたり(他人からの客観的な評価を考慮に入れない)などです。
行動療法
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認知行動療法のあらまし
患者さんは、自分の憂うつな気分の原因がわからないまま、ストレスを溜め込んでしまうので、ますますうつがひどくなります。 自分にははっきりとわからない漠然としている憂うつ、不安、ストレスが、気分をさらに落ち込ませているのです。
そこで、臨床心理士などの心理療法専門のスタッフと面接し、患者さんが自分の本当の気持ちを把握し、憂うつになる原因はなにで、そんなときはどう対処したらいいのか、を認識させることで、うつを克服していくのです。 患者さんは、自分の抱えている問題を指し示し、マイナス思考の感情の出所をつきとめて、どうすればその感情が和らぐのかを工夫し、それらをノートに書き記して反復し、自分で自分に言い聞かせながら治療訓練をしていくのです。
番組のなかで取り上げた、ある男性患者さんとカウンセラとの会話は、大体次のようなものでした。
カウンセラ:どんなときにつらいと感じますか?
*以下、患者が具体的にどういった状況で、どういう気分になるかを聞き出す
患者:将来のことを考えると不安で……。
カウンセラ:もう少し詳しく話してくれますか?
患者:今週は最悪です……。別れた妻が、私と子どもを会わせないようにするのです。
カウンセラ:ほかにどんなことを感じていますか?
患者:-娘が愛しいです。
カウンセラ:親として、できるだけのことをしてあげたいのですね?
患者:それなのに、別れた妻は再婚して、新しい父親を作ろうとしているのかもしれない。
カウンセラ:それについてどう感じますか?
患者:彼女は頭がおかしいんです!そんなことをしようとするなんて!
カウンセラ:質問の答えになっていませんね?
*患者の話をさえぎって、本当の気持ちを誘導する
患者:無気力で、憂うつな感じになります。(患者の気分)
カウンセラ:娘さんに会えなくなるかもしれないのが、つらいのですか?
患者:そう思うとつらいです。まったく気力がなくなります。
カウンセラ:将来、娘さんに会えなくなるかもしれないと思うと、憂うつになるのですね?
患者:そうです。娘に会えなくなるかと思うととても心配で、不安になり落ち込みます。
*自動思考=負のイメージ:認知の歪み
カウンセラ:仮に、もとの奥様が再婚したら、娘さんに会えなくなるかもしれないと思い、あなたが落ち込むことはもっともです。
*負の悪循環を指摘
カウンセラ:でも、実際にはこれまでも毎回会えているのでしょう?
患者:そうです。毎回会えています。
カウンセラ:実際に今でも会えていますよね。そう考えると、少しは気分が楽になるのではないですか?
*別の考えを誘導し確認している
患者:そうですね、そう思えば少しは気が楽になります。娘と会えなくなるかもしれないという不安が、憂うつになる原因でした。娘には父親としてできる限りのことをしてやりたいです。
患者は、負のイメージが憂うつな気分の原因であることを認知し、別の考えで気分が少し楽になることに気づく
この患者さんの場合、「子どもと会えなくなるのではないかと心配で、そう考えると不安がつのって憂うつになってくる」というように、自らの感情をきちんと把握し、漠然とした不安や憂うつの原因を本人がきちんと認識することで、自分の考え方を前向きに変えていき、症状を改善していこうとしています。 これが認知行動療法の基本です。患者さんはこのようなカウンセラーとのやりとりを、一連の流れとして紙に書いてまとめておき、不安や憂うつにさいなまれたときは、考え方の修正をするために、紙を見ながら反復練習をします。
肝心なことは、そのときの患者さんの考え方やイメージが、そのときの患者さんの気分を決めるので、事態の受け止め方や思考回路を修正していく工夫をすれば、違った気持ちになるということです。 うつ状態のときには、嫌なこと、後ろ向きで悲観的な考えばかりが思い浮かんできます。
これらがうつの症状だと認識したうえで、もっと違う考え方ができることや、前向きに考えられるようになるよう、カウンセリングを通して練習していくのが、認知行動療法です。
このカウンセリングは、従来の患者さんの話を一方的に聞くものではなく、ときには話をさえぎって、突っ込んで聞いてくるようなカウンセリングです。