『強迫性障害』の認知行動療法column

Update:2021.01.27

『強迫性障害』の認知行動療法

目次

『強迫性障害』の認知行動療法

治療効果が高い療法

薬物療法と併用で効果をあげる

 強迫性障害における認知行動療法は、薬物療法と並んで効果が高い治療法です。認知とは「考え方、思い、言葉、視覚的なイメージ」のことで、行動とは「体を動かす」ことです。これを強迫性障害にあてはめると、強迫観念が認知に生じる症状であり、強迫行為が行動に現れる症状です。たとえば汚染恐怖の人の場合でいうと、汚染されると思う強迫観念が認知の症状で、それによって過剰に手を洗ってしまう強迫行為が行動の症状になります。強迫性障害の治療は、この「認知」と「行動」の両面に働きかける技法です。認知への働きがうまくいくと行動面も改善され、行動面が改善されれば、強迫観念である認知や不安や恐怖の感情も改善されます。これらは相互に影響しあっているのです。

また、認知行動療法は単独で行う場合もありますが、多くの場合、薬物療法と併用されることが多いです。薬を使って不安を軽くしておくことによって、認知行動療法の課題にとりくみやすくなります。薬物療法と認知行動療法はまったく別のものではなく、薬を飲みながら生活の中でチャレンジしていきます。お金に触る、つり革にさわる、鍵の確認は1回だけ、トイレの後の手洗いは石けんを使わない、ドアノブにさわるなど、毎日の暮らしの中で、できなかったことを少しずつ出来るようにしていきます。

「学習理論」に基づく治療法

 「学習理論」というのは、その人の問題のある考え方や行動は、それまでの生活体験の中で誤った学習をしてきた結果だととらえる理論です。それを正しく学習し直して、考え方や行動を変えていこうというものです。認知行動療法は、この「学習理論」をふまえた治療法といえます。

<強迫症状>
玄関のドアにきちんと鍵がかかっているかが気になり、何度も確認する症状がある。

<認知の修正>
医師や治療者に正しい知識や情報を提供してもらって、一緒に行動実験をし、「心配する必要はないかもしれない」と考えるようになる。

<行動の修正>
確認行動をしないで、がまんする練習をくりかえして行う。

<馴化が起こる>
確認しないでいることへの不安に、だんだん馴化(徐々に慣れていくこと)していく。

 患者さんが、強迫行為にかりたてられるのは、「なにかしなければ不安が強まる」という実体験ですが、不安から逃れようと強迫行為をくりかえすと、ますます恐怖や不安が高まるだけです。逃れようとしないで、がまんしていれば次第に慣れてきて、不安が和らいできます。そうした体験をつんでいけば、「逃げなくても平気」という正しい学習をすることになります。

責任感の拡大が認知のゆがみ

 手の汚れや玄関の施錠、また不吉な思いつきなどに心をとらわれ、なにか行動せずにはいられなくなる状態を、強迫性障害といいます。ふと、不安になることは誰にもあり、多くの人はそれをあまり深く考えず、大抵はやりすごすことができます。しかし、強迫性障害の人はそれをやりすごすことができず、何かしなければいけないという強迫行為にかられてしまうのです。

強迫性障害の発症メカニズムを、もう一度確認しておきます。まず、「手が汚れていないかどうか」「家の鍵をしめたかどうか」などが気になること自体は、誰にでもあることで、これを「侵入思考」といいます。ところが強迫性障害の患者さんの場合は、この「侵入思考」に対して、非常に強い責任感を感じるようになり、その範囲が拡大して必要のないところまで責任を感じるようになります。手がきれいで、施錠も十分確認できているのに、さらに責任を感じ、不安という「侵入思考」に反応して、すぐに行動しなければ不安でたまらなくなるのです。そのまま反応しなかったら、後悔の念や罪悪感を抱くことになるため、手がきれいであっても、石けんをつけて何十回も手を洗ったり、何回も戻っては施錠を確認したりする儀式行動(反応)をとるようになるのです。「こんなに不安になるのだから、行動しなければ」と考え、「行動したら安心できた」という思いに変わり、反応したことを肯定します。この負の連鎖が、認知の歪みを増していくのです。

そこで、この認知のゆがみである「反応しなければならない」という誤解を、「反応しなくてもいいのだ」、または「心配する必要はないのだ」という正しい認知に変える必要があります。この場合の認知は、侵入思考とその侵入思考を拡大解釈しようとしている責任感ですが、修正しなければならない認知は責任感の方です。責任感を修正すれば、侵入思考は気にならなくなり、放置しても恐ろしい事態にはならないことが理解できます。この修正技法が「曝露反応妨害法」と言われるもので、不安と思うものに触ったり聞いたりして不安になっても、反応しないように練習します。つまり反応を抑える治療法です。

不安階層表の作成と治療の流れ

 考え方や行動を変えていくためには、自分の状態を知ることです。自分の症状を客観的に把握することによって、治したい症状を具体的に整理することができます。どんな時にどれくらい不安になるのか、自分で自分の症状をチェックしてみます。そして、何ができないのか、何を出来るようにしたいのか、具体的な治療の目標を考えてみる必要があります。セルフモニタリング(自己観察)といって、専用のシートを自宅に持ち帰り、症状のあった日時、症状の内容、苦痛の度合いなどを具体的に記入します。このように記録することで、目標と治す方法がみえてきますし、治療への意欲も高まってきます。

苦痛の度合いを表す尺度としては、「主観的不安尺度表=SUD」、または「不安階層表」などが用いられます。不安・苦痛などがまったくない状態を0点、最も不安や恐怖を感じる状態を100点として、どんな時にどのくらいの不安や恐怖を感じるか、数値にして示します。たとえば「電気を消して、一度確認しただけで部屋を出る…30点」「台所のガスを消して、元栓を一度確認しただけで外出する…50点」「家族が家にいないときに、一度鍵を確認しただけで一人で外出する…100点」などのように、項目をリストアップして数値化し、それを不安・恐怖が強いものから弱いものへ順に並べます。

ここで、認知行動療法を始めるまでの、標準的な流れを紹介しますと、最初に初期評価としての「アセスメント」があります。治療者と患者さんで、何回か面接を行い、治療者は患者さんからの訴えを十分に聞き、患者さんの抱えている状況を把握します。またそのとき、セルフモニタリング(自己観察)といって、患者さんに症状の様子を自宅で記録してもらい、それを評価に利用したりします。次に行うのが「心理教育」です。これは認知行動療法の治療を始めるにあたって、患者さん本人や家族に対して、病気と治療法についての説明が行われます。この心理教育が終わったら、次は「治療計画作成」です。治療者と患者さんで治療計画を作成しますが、どのような順番で治療を始めるかを検討します。出来そうなものから始めることもあれば、生活に支障をきたしているものから優先して行うこともあります。治療計画ができたら、いよいよ治療開始です。

曝露反応妨害法

七割以上の人に症状の改善が

 認知行動療法の技法にはいろいろありますが、中でも効果が高いのが「曝露反応妨害法」と呼ばれる方法です。曝露反応妨害法は、受けた人の七割以上に症状の改善がみられ、効果の高い治療法です。これは、「曝露法」と「反応妨害法」を一緒にして行われる方法のことです。曝露法とは、強迫症状によって不安や苦痛をもたらすものにあえて立ち向かい、立ち向かうことで不安や苦痛を自然に減らしていく技法です。これをエクスポージャーともいいます。また反応妨害法とは、強迫行動が起こっても、強迫行為をあえてしない方法を訓練します。これを儀式妨害法とも呼んでいます。たとえば、不潔恐怖の人が、汚いと思うものに実際に触ってみて、苦痛や恐怖を小さくしていくことを体感するのが曝露法で、その後、手を洗わないように訓練するのが反応妨害法です。

このように、曝露反応妨害法は、不安状態に自分を曝したまま(曝露)、不安を小さくする行為をしないようにがまんする(反応妨害)ことによって、強迫行為をおこなわなくても不安が軽減していくことを体感する治療法です。不安な状況にあえて向き合うことは、非常に勇気がいることです。そして、強迫行為をがまんすることは、非常に辛いことかもしれませんが、不安階層表を参考にしながら、不安の程度の低いものから始め、時間をかけて向き合っていけば、不安は徐々に軽くなっていくものです。

 

《曝露反応妨害法をうまく進めるためのポイント》

  1. 出来ることから始める。
  2. 家族の協力が不可欠。
  3. 治療のルールを決めておく。
  4. ある程度の苦痛があるが、徐々に弱まることを知っておく。

回数を重ねることで不安を解消

 曝露によって、苦痛や恐怖の感情に慣れてきて、その後自然と苦痛や恐怖が減っていく過程を「馴化」といいます。馴化には二つの面があって、一つは一回の曝露で起こる苦痛や恐怖の程度の推移です。もう一つは、曝露の数を重ねることで、苦痛や恐怖が弱まっていくということです。

一つ目の、一回の曝露で起こる苦痛や恐怖の程度の推移ですが、たとえば、不潔恐怖症でカバンを地面に置けない人が、実際にカバンを置きます(曝露)。その後、カバンを拭いたりせず、じっと我慢します(反応妨害)。最初は、かえって苦痛や恐怖の度合いが増しますが、時間とともに、苦痛や恐怖が自然に減っていくことが実感できます。曝露する前は、苦痛の度合いが100点だったのが、曝露を始めて20分後には60点にまで下がってきた、ということを確認できるのです。

二つ目は、曝露の回数を重ねた場合ですが、これは「人間の不安は習慣化する」という心理学の考え方に拠るもので、不安に曝され続けると、感覚のマヒから慣れが生じて、不安をあまり強く感じなくなるということです。最初は強い不安を覚えても、回数を重ねれば重ねるほど、不安の度合いが下がってきます。その結果、恐れていた状況に直面しても、不安は自然になくなるものだということが実感できるようになります。不安がなくなれば、強迫行為をする必要もなくなります。ただし、これを習慣化するためには、通院して治療を受けるだけでは回数が少なく、ホームワークとして自宅でも行うことが重要となります。曝露反応妨害法は、苦痛を取り除く治療ではなく、苦痛になれるための治療であることを認識することが、成功するための鍵となるのです。