6つの基本原則と5つの相互作用column

Update:2021.01.27

6つの基本原則と5つの相互作用

目次

6つの基本原則

 認知行動療法には、6つの基本原則があります。

1つ目は「治療者と患者さんとの関係性」です。認知行動療法を行ううえで、重要なポイントになるのは、治療者と患者さんの信頼関係です。問題解決にあたっては、双方が協力して面接を進めていき、治療者と患者さんは常に対等の関係性のなかで、耳を傾け、質問や理解できない点をお互いに確認しあいながら、活発に対話をすすめていきます。

2つ目は、「認知行動療法の基本モデルを理解すること」です。このモデル(「相互作用モデル」の図を参照)にそって、患者さんの問題を整理し、環境的な状況が患者さんにどのような影響を与えているのか、全体像を把握していきます。モデルは、「環境」と「個人」の相互作用を表したもので、ストレス源である環境(状況)が、個人の「認知」「感情」「行動」「身体」にどのような相互作用をもたらすのか、また、その反応が個人内部においてどのような相互作用を起こしているのかを把握するものです。

3つ目は、「問題解決的な志向で進めていくこと」です。つまり、問題の原因を追究する方法ではないということです。いまここにある問題に焦点をあてて、どのような要因がその問題を起こしているのか、分析し理解します。そのうえで、現実的な目標をたててそれを達成することで、問題の解決を目指していきます。

4つ目は「心理教育と再発予防の視点」です。心理教育とは、患者さんに認知行動療法についての教育を行うことや、患者さん自身がかかえる問題や症状についての情報を提供し、患者さんがそれを知識として理解することで、問題解決の対処法を習得することを目的とします。さらに、患者さんの内面に働きかけることによって、自分自身で問題に対処できる力を引き出して、再発を予防することが目的です。

5つ目は「構造化の明確化」です。認知行動療法の開始から終結までの流れを説明することです。アセスメント→問題の同定→目標設定→実践→検証→維持・般化への流れを十分に説明して、面接を行います。一回ごとの面接では、話し合う内容をあらかじめ決めて行い、一回の面接が全体の流れとどのようにつながっているのか、明確にしていきます。治療者と患者さんが「いま何のために何について話し合っているのか」を理解したうえで、面接を進めていくことが重要です。6つ目は「外在化」ということです。面接のなかで話し合っていることを、図や文章を使って紙に書き出し、視覚化します。治療者と患者さんが共通理解をしながら面接することで、自分自身の問題を客観的にとらえることができます。

5つの相互作用

 私たちの心や生活は、大きく分けて「環境」と「個人」の相互作用で成り立っています。環境においては、状況や他者(家族、友人、同僚など)が影響し合いながら生活しています。また、個人においては認知(考え、イメージ)、感情(気分)、行動、身体が常に相互作用し合っています。認知行動療法では、この「環境」、「認知」、「行動」、「感情」、「身体」の5つの相互作用が基本モデルとなります。その中で、特に認知行動療法は「認知」と「行動」に焦点をあてながら治療していく心理療法です。だからといって、感情や身体を軽視しているわけではなく、「認知」と「行動」に着目したほうが、比較的問題を把握しやすく、また修正したり幅を広げたりしやすいからです。

相互作用モデル

 では、この5つの基本モデルにしたがって、Sさんのケースで考えてみることにします。

  • 【環境・状況】…Sさんは、職場でちょっとしたミスをした。
  • 【認知】…「なんて、自分はダメな人間だろう」と思う。
  • 【感情】…気分が落ち込んだ。
  • 【行動】…ミスを上司に報告し、謝罪した。
  • 【認知】…上司から「ダメなやつだ」と思われるに違いない。
  • 【身体】…心臓がドキドキし、足がガクガクしてきた。
  • 【環境・他者】…上司から「困るよ。この前と同じミスじゃないか」と言われた。      
  • 【認知】…これでまた、自分への評価が下がってしまった。もう、この仕事は任せてもらえないだろうと思う。
  • 【認知】…会議の席で、上司が「Sさんの仕事は、今後他の人にやってもらうことにする」と話している様子を想像する。
  • 【感情】…悲しくなり、ひどく落ち込む。
  • 【身体】…胃が痛くなってきた。
  • 【感情】…すっかりやる気を失ってしまう。
  • 【行動】…他にやらなければならない仕事にも、手がつけられなくなってしまった。

 Sさんのケースを、相互作用モデルにあてはめると、ざっと以上のようになり、その悪循環を繰り返すことになります。認知行動療法では、このようなさまざまなケースを相互作用モデルにあてはめて把握していきます。そして次に、いかにして悪循環から抜け出すかがポイントになりますが、状況、認知、行動、感情、身体の中で、容易に修正が可能なのが「認知」と「行動」です。仕事でミスをしたという「状況」は変えようがありません。また、心臓がドキドキしたり、足がガクガクしている「身体」的反応を変えたりするのも、無理なことです。同じように、落ち込んだり悲しんだり、やる気を失っている「感情」の部分を修正することも、また容易なことではありません。その点、状況に対してどのように認知(考え方、受け止め方、イメージ)するか、またどのように行動を起こすかの方が、修正しやすいのです。そのあたりを、Sさんのケースで見てみたいと思います。

Sさんは、「自分はなんてダメなんだろう」と一度は落ち込みますが、その後に「確かに自分はミスをしたけれど、だからと言って、自分は何をやってもダメな人間である、ということにはならない」「次に、同じミスをしないようにするにはどうしたらよいのだろう?」と考え直すことができれば、落ち込みは以前よりは深刻にはならないはずです。また、行動の部分でも、上司に報告する際に、ただ謝罪するだけではなくて「また、ミスをしてしまいまして申し訳ありません。今後このようなことがないように、事前にKさんにチェックしてもらおうかと考えていますが、いかがでしょうか?」と、改善案を提案することができれば、上司の反応も変わってくるかもしれません。また、「もう、仕事は任せてもらえないだろう」と考えて落ち込んでいたら、他の仕事もミスしかねないことになり、そうなればますます自分の評価は下がるので、とりあえず今は目の前の仕事に集中しようと、考え直すことができれば、気を取り直すこともでき、仕事への意欲もでてくるかもしれません。このように、認知を修正すれば、行動も修正されますし、行動を変えれば認知も変わってくるのです。

普通の人であれば、何かストレスを感じるようなことが起きても、必要以上に落ち込まないように、無意識に認知や行動を修正しているのです。ところが、うつや不安などで、心の元気が失われると、自分一人で修正することができなくなってしまいます。認知行動療法は、患者さんが落ち込んだ気持を、再び自分で立て直すことができるように、心理的手法を用いながら教育的援助をする治療法なのです。

自動思考とスキーマ

 うつや不安の根源である認知の正体は、「自動思考」とさらにその奥に潜む「スキーマ」にあると言われています。人間の認知を分析してみると、日頃から意識している考え方のほかに、何気なく思い浮かぶ心の声があることに気づきます。それを自動思考といいます。自動思考は、根拠なく自動的に思い浮かぶ考えで、自分では考えているつもりはないのに、瞬間的に頭に浮かんでくる考えです。「どうせやっても、失敗するだろう」「どうせ頑張っても、自分はダメだ」「どうせ、嫌われるだろう」「今度失敗したら、俺はもう終わりだ」「友達はきっと怒っているに違いない。全部自分のせいだ」「今日もまたつらい。生きている価値がない」などの考えです。

たとえば、会議で資料を作成して報告しなければならない時、「失敗したらどうしよう」「きっと失敗する」という思いが、瞬間的に思い浮かびます。この自動思考は、行動や感情にもすぐに影響を与えます。会議が始まると、緊張感が生じ、あわててしまってミスの連続となることがあります。それは、根拠のない自動思考がつぎつぎと思い浮かび、悪循環に陥ってしまうからです。

認知の内容を詳しくみていくと、認知というのは意外と自分ではコントロールできないものです。自分では意識しているつもりであっても、いざその場になると、自動思考が思い浮かび、それに支配されてしまいます。自分が考えている通りことが運ばず、生活や仕事がうまくいかない場合は、自動思考を疑ってみます。その場合、紙に書き出してみるとか、人に話したりして、自動思考を言葉にしてみることです。言語化することによって、考え方を見直すきっかけになります。頭でもやもや思い悩んでいて、気付かなかった感情や行動が、自動思考の言語化によって明らかになることがあります。認知行動療法では、自動思考から行動への流れ、また感情への流れがどのような影響をおよぼしているのか、そのメカニズムをくわしく見ていきます。

さて、自動思考をとらえることができると、さらにその先に認知の意外な姿が見えてきます。それが、スキーマ(考え方のクセ)と言われるものです。スキーマとは、考え方のクセをつくる設計図のようなもので、中核信念(コア・ビリーフ)とも言われ、自動思考よりもさらに奥深くあって、心の中核にある考え方のパターンのことです。自動思考はこのスキーマから生まれるのです。「自分はダメ人間」というような自己否定的な中核信念があると、それがその人の生き方すべてに影響し、毎日がつらいものになります。自己否定的なスキーマとしてよくあるのが、「自分は何の才能もないダメ人間だ」「いつも人から嫌われ、一人ぼっちだ」「誰かに助けてもらわないと、何もできない」「人はいつも自分を利用しようとしている。人を絶対信じない」「物事が完璧でないと、無意味だ」などです。

認知の中核にある信念、また考え方のクセが見えてくると、それが症状を引き起こしている大きな問題であることに気づきます。こうしてスキーマをとらえることができれば、認知の全体像を掴むことができます。中核信念は、いつも正しいわけではなく、むしろ誤っていることの方が多いのです。そこに気づけば、そこを変えるのが治療であるという認識につながります。凝り固まった考え方、考え方のクセや思考のゆがみを修正していくことで、考え方にはいろいろあることを発見し、柔軟な思考を獲得できるようになります。認知の修正が感情や行動にも相互作用して、よい影響を与えるのです。