ADHD治療の現在
日本はADHD治療の「先進国」?「後進国」?
日本でもよく耳にするようになったADHD。
世界的に見て日本での治療水準は進んでいるほうだといえます。
ADHDへの取り組みは、世界ではアメリカがリードしています。 しかし日本の医学界でもADHDの認知は進んできており、治療に関しては両国に大きな差はありません。
ただし、ADHDを社会の中で受け入れる体制については、まだまだアメリカに追いついていないのが現状です。 日本では、アメリカに比べてADHDへの気づきが遅く、気づいても認めたくないという雰囲気かあるようです。 先生や保護者のADHDへの認知も、アメリカのほうが進んでいます。
アメリカでは、1980年にアメリカ精神医学会の精神疾患の診断基準「DSM-Ⅳ」にADD(注意欠陥障害)が登場しています。 1994年には「DSM‐Ⅳ」に、ADHDが明記されました。 一方、日本では文部科学省が、ADHD、LD(学習障害)の全国実態調査を初めて行ったのは2002年のことです。 その後、特別支援学級の設置が推進されるなど、体制が整えられつつあります。
世界各国のADHDの「患者数」に違いはある?
ADHDへの関心が高まるにつれ、世界各国でもさまざまな調査が行われています。
国や地域によって、患者数に違いはあるのでしょうか。
1980年、アメリカ精神医学会が定めた精神疾患の診断基準であるDSM-Ⅲに「ADD(注意欠陥障害)」の診断基準が明記されると、世界各国でどの程度の患者数がいるのか、調査が行われました。 国によって調査対象や環境などに多少の差はありますが、概ね6~9歳の子どもたちが、DSM-Ⅲの診断基準に沿って診断を受け、患者数としてカウントされました。
その報告を分析すると、結果にややばらつきはあるものの、どこの国でも3~7%の子どもにADHDが見られることがわかりました。 一般に、ADHDは、女子よりも男子に多くあらわれることが知られています。 日本では、2002年に全国的な調査が行われ、ADHDは全体の2.5%、LDは4.5%、高機能自閉症は0.8%となっています。 行動面や学習面に困難を示す子どもは、全体の6.3%にのぼります。
治療方法
薬は「副作用」が心配・自然に治るまで待っていてはいけないの?
ADHDの症状を抑えるには「メチルフェニデート」という成分が使われます。
ただし、効果は一時的なもので、薬を服用している問だけ症状を抑えるというものです。
これまで、ADHDの治療には「リタリン」という薬が使われていました。 しかし、最近ではごく一部の大人と医師が関与したリタリン乱用事件によって、ADHDの治療では使えなくなってしまいました。 かわりに、リタリンと同成分で、メチルフェニデートの徐放剤である「コンサータ」という薬が、子どものADHDに対して使えるようになりました。
これらの薬は多動性・衝動性・不注意といった症状を抑えるのに高い効果があります。 ただし、効果は一時的なもので、服用している間だけ症状を抑えるというものです。 その主な副作用は食欲不振や不眠、まれに腹痛や頭痛が起こる場合もありますが、 安全性の高いことがきちんと証明されており、処方量を超えた服用をしないかぎりは、薬物依存や重度の副作用はありません。
しかし、薬をのんだからといってADHDの子どもの基本的な行動特性が変わるということはありません。 薬を服用している間は行動の抑制がきくようになり、周囲との気持ちの行き違いが格段に減ります。 また、集中力が増して授業にも身が入り、学習がスムーズに進むようになります。 さらに、まわりの状況を学ぶようにもなって、自分の行動がどんなものかがわかるようになってきます。
薬の効果については周囲の人々も実感しますが、もっとも実感するのは子ども自身です。 そして成長するにつれて、しだいに社会性が身につき、やがて薬をのまなくても過ごせるようになるケースもあります。
リタリン以外の治療法・「行動療法」とは?
ごほうびや罰を与えることで、行動を変えていくのが「行動療法」です。
ADHDの治療には、行動療法が取り入れられています。
ADHDの子どもの行動は、本人が意識して行っているものではありません。 そのため、説得などをして子どもの心に働きかけても、行動に大きな変化は見られないのです。 「行動療法」は、梅干しを見ると唾液が出るといった、「条件反射」の研究から生まれた治療方法です。 基本にあるのは「人間のとる行動は、刺激に対する条件反射が固定化したものである」という考え方です。 つまり、ADHD特有の行動も、条件反射によって形成されたものと考えるのです。
やってはいけない行動があらわれたときには、本人にとって嫌な条件を与え、反対に望ましい行動があらわれたときには、本人にとって好ましい条件を与えることで行動を変えていくのが「行動療法」です。 具体的にADHDでは「トークンエコノミー」という行動療法などが行われます。
行動療法の具体例・「トークンエコノミー」とは?
ADHDの治療に使われる「トークンエコノミー」は、家庭や学校で簡単に行える行動療法です。
行動療法にはいくつかの方法がありますが、ADHDで使われるのは「トークンエコノミー」という方法です。
ADHDの場合、うまくできたときには言葉でほめるだけでなく、具体的な「ごほうび」を与えるとより効果的です。 やってはいけない行動を前もって提示しておき、その行動があらわれたときには「マイナス10点」などと、決めておきます。 またその際、「掃除をする」「テレビの禁止」「遊びの禁止」などの罰を与えます。 反対に望ましい行動があらわれたときには「プラス50点」などとして、「100点たまったら好きなお菓子をあげる」「好きなところへ遊びに連れていく」「ゲームをする時間を延長する」などのごほうびを与えます。
「ごほうび」と「罰」は、提示した行動があらわれたとき、すぐに行います。 課題は低めに設定し、子どもが達成感を得やすいようにしておくことも大切です。
リタリン以外の治療法・「環境変容法」
集中していられる時間が短いため、気が散りやすいのもADHDの特徴です。
子どもが集中しやすい環境を作ってあげるのが「環境変容法」です。
ADHDの子どもは、何かをしているときに別の刺激が入ってくると、すぐそちらへ注意が向いてしまいます。 例えば、ADHDの子が漢字テストを受けているときの状況を考えてみましよう。
最初はテストに集中しているものの、ふと視線を移した先に鉛筆が転がっているのを発見すると、その子の注意はその鉛筆に向かってしまいます。 その時点で、もう漢字テストのことを忘れてしまい、その鉛筆をとりに行こうとして立ち歩いたり、自分の鉛筆を転がしてみたりといった行動が始まってしまいます。 「環境変容法」は、子どもの注意がほかに移らないよう、周囲の環境を整えることをいいます。
例えば、教室や家の中をすっきりさせることで、子どもの視覚に入る情報を減らし、注意がほかにそれないようにすることができます。 また、授業の進め方や教材の工夫によっても、集中しやすい環境が作れます。
環境変容法の具体例・「集中できる環境作り」のポイント
ADHDの子どもが集中するには、目や耳に入る刺激を減らすことが大切です。
家庭や教室はできるだけシンプルな環境にしましょう。
教室の壁に、教材や絵、書写などを貼り出している光景は一般的ですが、ADHDの子にとっては望ましいものではありません。 子どもの作品を展示する先生の善意も、ADHDの子には黒板から目をそらす一因となってしまうので、教室の壁にはできるだけ展示物を貼らないようにするのが基本です。
また、授業は短い単元に区切って行う、教科ごとにフォルダーにまとめるなどの工夫が必要です。 席順は廊下側や窓側から遠い、真ん中の一番前が最適です。 先生がADHDの子の目を見て話しかけることで、注意がそれにくくなります。
家庭では、テレビは時間を区切って見るようにし、遊び終わったおもちや、読み終えた本や雑誌などはそのつど片付けます。 また、勉強机の上には遊び道具を置かないようにします。 収納箱や整理棚を活用して片付けをしやすくし、棚は雑然としないように、扉を閉じるか力-テンなどで覆っておきましょう。
薬物療法
メチルフェニデート塩酸塩の徐放剤で中枢神経刺激剤である「コンサータ」やアトモキセチンでノルアドレナリン再取り込み阻害剤である「ストラテラ」などが使用されます。