ADHD注意欠如・多動性障害とは
ADHD注意欠如・多動性障害とは とは
はじめに
2003年に文部科学省が全国の小中学校生を対象に行った調査では、普通学級に通う子どもたちの約3%に、落ち着きがなかったり、集中できないという特性を持った子どもがいることが明らかになりました。 この調査結果をふまえて、文部科学省は「特別支援教育」の基本方針を発表しました。
全国津々浦々の小中学校だけでなく、保育園、幼稚園、そして家庭の中に、集中ができず、落ち着きがない、あるいは、すぐに衝動的な行動に出てしまう子どもたちがいます。 こうした子は、まわりの友人や大人たちにとって「手のかかる子ども」あるいは「問題児」とみなされてしまいがちです。
しかし、彼らは、自分の行動特性のために、まわりから非難されたり、叱られたり、あるいはいじめの対象になりやすいため、本人自身が多くの困難を感じています。 こうした行動特性のある子どもたちに、注意欠如・多動性障害(ADHD)という診断名が与えられています。
ADHDは決してしつけや本人の努力が足りないことの結果ではなく、脳機能障害のひとつであることも明らかになってきました。 さらに、近年では、ADHDの症状を軽快させる有効な治療法や、日常生活での困難を解消する対処法があることも広く知られるようになってきています。 かつては、ADHDという「診断」をつけることに対して、レッテル貼りだという見方もありましたが、現在では、ADHDの子どもに対して適切な対応をすることで、二次障害を防ぐことが重要であることが明らかになっています。
よく聞く「ADHD」とは、どんな行動をとる子のことをいうの?
子どもの発達障害として、ADHDという言葉をよく耳にするようになりました。
どんな行動をとる子どものことをいうのでしょうか?
ADHDというのは、発達障害のひとつです。 発達障害というのは、子どもの精神機能が発達する過程で起きることがある、さまざまな障害の総称です。 主な発達障害には、自閉症、LD(学習障害)、アスペルガー症候群、高機能自閉症などがあります。
ADHDは、日本では「注意欠如・多動性障害」といわれています。 集中できないために忘れ物が多い、物をなくしやすい、落ち着さがない、物事を順序立てて行うことが難しい、衝動的、順番を待つことが難しいといった行動の特徴を持っています。 こういった行動特性は、子どもがもともと持っているものですが、ADHDの子はその行動のために周囲の理解がなかなか得られず、日常生活を送るうえでさまざまな困難を抱えながら生活しています。
ADHDの子の行動には、必ず「理由」がある
衝動的な行動をとりがちなADHDの子ですが、理由もなく騒いだりするようなことはありません。
この点が、ほかの発達障害との大きな違いなのです。
ADHDの子には、知的な障害は見られないことがほとんどです。 つまり、親や先生の言ったことは、しっかり理解できるのです。 しかし、理解はできても自分の衝動をうまく抑えることができないのが、ADHDの大きな特徴だといえます。
例えば、友だちと言い争いをしていて、急に手を出してしまうような衝動的な行動が見られます。 しかし、子どもの様子をよく観察していると、その行動には必ず理由があることがわかります。 はたから見ていると突然、友だちに手を出したように見えても、実はその背後には友だちとの気持ちの行き違いなどがあるものなのです。 ただし、こういった行動は、注意されても自分で意識して直すことはなかなかできません。
つまり、ADHDの子は対人的な社会性がないわけではありません。 「手を出した」ということで「問題児」だと決めつけてしまうのは大きな間違いです。
ADHDの症状
- 1.「忘れ物」が多くて困っている
- ADHDの中で「不注意型」に当てはまる子は、忘れ物が多いのが特徴です。
持ち物を忘れたり、自分のしようとしていることを忘れることもあります。
ADHDの子どもには、3つのタイプがあります。 それは「不注意」が強くあらわれる子、「多動性・衝動性」が強くあらわれる子、どちらの症状も同じくらい前面に出ている「混合型」の子の3タイプです。 「忘れ物が多い」のは、「不注意」が強いタイプの子に見られる症状です。
医師が「心の病気(精神疾患)」の診断をする際に基準としている「DSM-Ⅳ」では、「不注意型」の特徴として「課題や活動に必要な物をしばしばなくす」「直接、話しかけられても、聞いているようには見えない」「さまざまな課題や遊びにおいて、注意力を持続することが困難である」などの特徴をあげています。 このタイプの子は宿題や鉛筆、教科書などの忘れ物が多く、授業中にぼんやり外を眺めていたりします。集中力に欠け、うまく指示に従えないのも特徴です。 - 2.衝動的な行動で「友人関係」がうまくいかない
- 気持ちの行き違いが原因で、友だちとケンカをするなど、ADHDの子は友人関係がうまくいかなくなることがままあります。
ADHDの大きな特徴に「衝動性」があります。 そのため、友だちとの気持ちの行き違いが原因で、自分を抑えることができなくなったりします。 まわりからは、突然怒ったり暴れたりといった行動をとったように見られがちで、いわゆる「キレやすい」子と思われ、距離を置かれてしまうこともあります。 一見、本人がいじめっ子になっているようですが、そんな行動を友だちにからかわれたり嫌われたりして、逆にいじめの対象になることもあります。 さらに先生から「叱っても反発ばかりする」というレッテルを貼られてしまうと、本人にとって集団生活を送ることが大変苦しくなってしまいます。 「なぜ自分はこうなんだろう?」と悩み、疎外感を深める原因ともなります。
衝動的な行動から友だちとのトラブルが続くような場合は、ADHDの診断基準に当てはまるかどうか、子どもの行動を注意深く観察してみましょう。 - 3.「集中力」がまったくない
- じっと人の話を聞いたり、細かい作業をするために根をつめなければならないようなときに、どうしても集中することができません。 ADHDの子どもは、集中しなければならない状況でも集中し続けることができません。
通常、私たちは、たくさんある情報の中から自分に必要な情報だけをピックアップすることを自然に行っています。 ところがADHDの子どもは、必要なものだけに神経を集中させることがどうしてもできないのです。 学校では、先生の話を最後まで集中して聞けないため、授業の内容をしっかり把握することができなくなったりします。 そのため、学習に遅れが生じてしまいがちです。
また、団体行動をとらなければならない場面でも、途中で注意がそれてしまうためひとりだけみんなと違った行動をとってしまうことがあります。 家庭では、ひとりで宿題をしていてもテレビの音や机のまわりにあるほかの本に気をとられたりして、なかなか進みません。 また、親の話を注意して聞けないので「反抗的な子」と思ってしまいますが、本人には決して悪気はありません。 - 4.「落ち着きがなく」動きまわってしまう
- ADHDの子は、静かにしなければならない場所でも騒ぎ出してしまいます。 親にしてみれば「子どもらしい」と笑ってばかりいられないこともあります。 子どもは、電車の中や店の中などで騒ぎ出してしまうことがよくあります。 小さいうちは、いわゆる「場の空気」をうまく読むことができません。 そのため、子どもは静かにしていなければならない状況なのかどうかを理解することがなく、動きまわってしまいます。
一般にこういった行動は、大きくなるにつれて少なくなっていきます。 まわりの大人に注意されたり、経験を積み重ねたりする中で「今は騒いではいけないのだな」ということに本人も気づき始め、行動を慎むことができるようになります。 しかしADHDの子は、言い聞かせても騒いでしまう様子がさまざまな場面で見られます。 就学前は「あの子は活発だから」と見てもらえたことも、小学校に上がるとだんだんそうはいかなくなり、本人も困難を感じるようになります。
ADHDは「病気」なの?
薬を使って治療を行うことが多いADHDですが、いわゆる「病気」とは少しニュアンスが違います。
ADHDの原因を考えてみましょう。
一般に「糖尿病」といわれれば、私たちは病気というイメージを抱きます。 一方、「近視」といわれると、病気というイメージはあまり持たないものです。 しかし近視は医学的にいうと「調節障害」という病気です。 それと同様に、ADHDも広い意味では病気という考え方もできますが、そうとは言い切れないニュアンスがあります。 病気というより「機能障害」というほうが適しているでしょう。
ADHDの原因が脳にあるということは、以前から研究者の間で指摘されていたことです。 脳の形や働きを見てみると、ADHDの子は前頭葉、大脳基底核が平均よりやや小さめだったり、記憶を司る前頭葉の働きが不活発であることが報告されています。 その原因のひとつとして、脳内の神経伝達物質ドーパミンの働き方に偏りがあることがあるいわれています。 脳は周囲から刺激を受けて働くので、環境によっても症状には違いがあらわれます。
ADHDの子は、「元気」がよくて「行動力」にあふれている
ADHDの子は、日常生活を送るうえで困難を伴います。
しかし、そのプラスの特性を生かして社会で活躍している人はたくさんいます。
ADHDの子は、その親も含めて、神経をすり減らしてしまうことが多いものです。 しかし、ADHDのプラスの特性を生かして、社会で活躍している人も大勢います。 芸術家や研究者、起業家やスポーツ選手など、直感的なひらめきや行動力が求められる仕事をする人の中にはADHDの人が多いといわれています。 最近は、そういう人たちの経験談をまとめた本なども多数出版されています。 そういった情報に目を通し、生き方のヒントをもらうのもひとつの方法です。
規則の多い社会の中で、ADHDの子は生きにくさを感じることもあるでしょう。 しかし周囲のサポートと、本人の力で乗り切っていくことは可能です。 ADHDの子は、多動であるとともに、元気がよくて子どもらしいものです。 大きな声で挨拶ができ、物事に対する反応が早いのも大きな特徴です。 少し違った視点から子どもをとらえると、ADHDの子のさまざまなよさが見えてきます。
ADHDの子は「知的障害児」なの?
ADHDの子は先生の話を最後まで集中して聞けないため、学校の成績が悪いことが多く、いわゆる「知的障害児」と誤解する人もいます。 ADHDの子は、集中力をすっと働かせることができないため、学校で先生の話を途中までしか聞くことができず、授業内容をしっかり理解できないことがよくあります。 家に帰ってから取り組まなければならない宿題などがある場合も、ほかのことに気をとられて、ひとりではなかなか集中できません。 そのままの状態が続くと学習が進まなくなり、成績も下がってしまいがちです。
しかし、学校の勉強ができないということと、知的障害(精神遅滞)があるということは違います。 診断基準でも、ADHDには「知的障害のないこと」が診断のポイントとしてはっきり示されています。 ただし「発達障害」は、複数の症状を合併しやすく、ADHDであるとともに、LD(学習障害)などを合併しているというケースもあります。 知的障害の可能性を感じたり、何らかの形で指摘されたようなときには、医療機関に相談してみるべきでしょう。
エジソンやアインシュタイもADHDだった?
世界的に名を馳せた天才とよばれる人々の中には、ADHDだった人がたくさんいます。 発明家として有名なエジソンは、子ども時代から人々が思いもよらないような数々の危険を伴う「実験」を行い、問題児扱いされ続けていたといいます。 物理学者アインシュタインは、得意な数学や物理以外では極端な落ちこぼれで、ギムナジウムとよばれるドイツの中等学校を中退しているのだそうです。
また、ハリウッドスターのトム・クルーズは、読み書きが苦手なLD(学習障害)であることを自ら公表しています。 日本では芸術家の岡本太郎や、『窓ぎわのドットちゃん』で有名な黒柳徹子が、ADHDを伴うLDだったといわれています。 日常生活においてはさまざまな苦労があり、本人の努力も並外れていたことと思いますが、いずれもその近くにはよき理解者がいたことが、将来の成功へつながったと考えられます。 親は子どもの可能性を信じて、温かく見守っていきたいものです。
ADHDは「赤ちゃんの頃から」あるものなの?
ADHDは生まれつきのものなので、厳密にいえば赤ちゃんのADHDもあります。
集団生活を始めた頃に症状ははっきり見えてきます。
「ADHDの赤ちゃん」がいるのは確かですが、赤ちゃんのうちはADHDによって日常生活に支障をきたすような場面はそう多くありません。 また、元気よく体を動かす様子だけを見て、その子がADHDかどうかを親が判断することはまず不可能といえるでしょう。
ただし、ADHDの子どもは、赤ちゃんの頃から外からの刺激に対してよく動きまわったり、周囲に注意を払わないといった傾向があるのは事実です。 小学校に上がってからADHDと診断された子の親の中には「そういえば、赤ちゃんのときに激しく動きまわってよく頭をぶつけていた」とか、「高いところから飛び降りて、ハラハラした覚えがある」といった話をする人もいます。 集団生活を始めると、ルールに従って自分を抑えなければならない場面が出てきます。 そのため入園・入学を境に、親がADHDに気づくことが多いのです。