認知のゆがみ
認知のゆがみ とは
認知のゆがみとは 認知のゆがみとは、物事の受け止め方や解釈に偏りが生じる心理的な現象です。うつ病や不安症などの精神疾患の発症や維持に関与していると考えられています。自分の思考パターンを客観的に捉え、より現実的で適応的な認知へと修正していくことが重要です。認知行動療法などの治療法が効果的とされています。
認知のゆがみとは
認知のゆがみ(cognitive distortion)とは、物事の受け取り方や解釈に偏りが生じる心理的な現象を指します。人間は、外界からの情報を完全に客観的に処理するのではなく、自分の信念や経験、感情状態などに影響を受けて、主観的に解釈する傾向があります[^1]。この解釈の偏りが、現実とは異なる歪んだ認知を生み出すのです。認知のゆがみは、程度の差こそあれ、誰もが日常的に経験するものであり、ある程度は適応的な側面もあります。しかし、過度に強く、頻繁に生じる認知のゆがみは、精神的な健康を脅かし、日常生活に支障をきたす可能性があります[^2]。
認知のゆがみの概念は、認知療法の創始者であるアーロン・ベックによって提唱されました[^3]。ベックは、うつ病患者の思考パターンを分析する中で、彼らに共通する特徴的な認知のゆがみがあることに気づきました。例えば、うつ病患者は、自分や将来、世界についてネガティブに評価する傾向が強く、些細な失敗でも自分の価値を全否定したり、将来に絶望したりしがちです。こうした認知のゆがみが、抑うつ気分を悪化させ、うつ病の症状を維持・強化していると考えられています。
認知のゆがみは、うつ病だけでなく、不安障害、摂食障害、パーソナリティ障害など、様々な精神疾患の発症や維持に関与していると考えられています[^4]。また、精神疾患の臨床域に至らない健康な人々においても、認知のゆがみは、ストレス反応や感情制御、対人関係、意思決定などに影響を及ぼします。したがって、認知のゆがみのメカニズムを理解し、それに適切に対処することは、精神的健康の維持・向上にとって重要な意味を持ちます。
認知のゆがみの種類と特徴
認知のゆがみには、様々な種類があることが知られています。代表的なものとして、以下のようなものが挙げられます[^5][^6]
- 白黒思考(all-or-nothing thinking):物事を極端に二分化して捉え、中間的なグレーゾーンを認めない思考パターンです。「完璧でないなら全く価値がない」「少しでも失敗したら全否定される」といった具合に、柔軟性に乏しい評価をします。
- 過度の一般化(overgeneralization):一つの出来事から、不当に広範囲な結論を導き出してしまう思考パターンです。例えば、一度失敗しただけで「自分はいつも失敗する」と考えたり、一つの嫌な経験から「世界は危険で脅威に満ちている」と結論付けたりします。
- 心のフィルター(mental filter):物事のネガティブな側面だけに注目し、ポジティブな情報を無視したり、過小評価したりする傾向です。例えば、自分の欠点ばかりが目につき、長所を全く認められなくなります。
- 否定的な予測(fortune telling):根拠が乏しいにも関わらず、将来を悲観的に予測してしまう思考パターンです。「絶対に上手くいかない」「きっと嫌われる」といった否定的な予想が先行し、不安や絶望感を引き起こします。
- 感情的決めつけ(emotional reasoning):自分の感情を根拠にして、現実を歪めて解釈してしまう傾向です。例えば、「不安を感じるから、きっと危険なはずだ」「悲しいから、状況は絶望的なのだ」といった具合に、感情と現実を混同します。
- レッテル貼り(labeling):自分や他者を、単一の特性で決めつけてしまう思考パターンです。「自分は無能だ」「あの人は最低だ」のように、全体像を無視して、一面的なレッテルを貼ってしまいます。
- べき思考(should statements):「〜すべきだ」「〜してはいけない」といった強迫的な思考パターンです。非現実的な高い基準を自分や他者に課し、それが満たされないと厳しく非難します。
- 拡大解釈と過小評価(magnification and minimization):ネガティブな出来事を実際以上に拡大解釈し、ポジティブな出来事を過小評価してしまう傾向です。小さな失敗を大惨事のように捉え、大きな成功も些細なことのように扱います。
- パーソナライゼーション(personalization):自分に関係のない出来事を、自分に関連付けて解釈してしまう思考パターンです。例えば、他者の行動を自分のせいだと考えたり、自然災害のような統制不可能な出来事にも自分の責任を感じたりします。
これらの認知のゆがみは、物事を客観的に判断する能力を損ない、柔軟で現実的な思考を妨げます。その結果、感情面での問題や行動上の混乱を引き起こし、精神的健康を脅かすことがあります。認知のゆがみの特徴を理解し、自分の思考パターンを自覚することが、適応的な認知の形成には欠かせません。
認知のゆがみが与える影響と弊害
認知のゆがみは、私たちの感情や行動に広範囲な影響を及ぼします。特に、過度に強く、頻繁に生じる認知のゆがみは、精神的健康を脅かし、日常生活に深刻な支障をきたす可能性があります[^7]。
認知のゆがみが引き起こす影響として、以下のようなものが挙げられます。
- 感情面での問題:認知のゆがみは、抑うつ気分や不安感、怒りなどの負の感情を引き起こしたり、増幅させたりします。例えば、白黒思考によって些細な失敗を自分の全否定につなげてしまうと、強い落ち込みや自己嫌悪に苛まれることがあります。また、否定的な予測が先行することで、根拠のない不安や絶望感に囚われてしまうこともあります[^8]。
- 自尊感情の低下:認知のゆがみは、自分自身に対する否定的な評価を促進し、自尊感情を傷つけます。過度の一般化によって一つの失敗を自分の価値の全否定につなげたり、心のフィルターによって自分の長所を全く認められなくなったりすることで、自信や自己肯定感が損なわれてしまいます[^9]。
- 対人関係の問題:認知のゆがみは、他者との健全なコミュニケーションを阻害し、対人関係のトラブルを引き起こすことがあります。レッテル貼りによって他者を一面的に決めつけてしまったり、パーソナライゼーションによって他者の行動を自分のせいだと考えたりすることで、誤解や混乱が生じやすくなります[^10]。
- 行動上の混乱:認知のゆがみは、適切な意思決定を妨げ、非適応的な行動パターンを促進することがあります。例えば、完璧主義的なべき思考によって非現実的な高い基準を課し、それが満たされないと極端な自己批判に陥ることで、適切な行動の選択が困難になります。また、否定的な予測が先行することで、新しいことへの挑戦を避けたり、健全なリスクテイクを控えたりしてしまう可能性もあります。
- ストレス対処の困難:認知のゆがみは、ストレス対処能力を低下させ、ストレス反応を増幅させる傾向があります。物事をネガティブに歪曲して受け止めることで、ストレッサーの脅威度が実際以上に拡大解釈され、過剰なストレス反応が引き起こされます。また、ストレス場面において柔軟で現実的な評価ができないために、効果的な対処行動がとれなくなることもあります。
こうした認知のゆがみの弊害は、個人の適応や成長を阻害し、生活の質を大きく低下させてしまいます。特に、精神疾患を抱えている人々においては、認知のゆがみが症状の形成や維持に深く関与しているため、適切な治療的介入が必須となります。しかし、臨床域に至らない一般の人々にとっても、認知のゆがみに適切に対処し、バランスの取れた現実的な思考を身につけることは、精神的健康の維持・向上に欠かせない課題であると言えるでしょう。
認知のゆがみの形成要因と背景
認知のゆがみは、複雑な要因が絡み合って形成されると考えられています。個人の生育歴や性格傾向、ストレス状況、さらには脳の情報処理の特性など、多様な要素が関与しています。ここでは、主要な形成要因について概説します。
- 過去の学習経験:幼少期からの学習経験が、認知のゆがみの形成に大きな影響を与えます。特に、両親をはじめとする重要な他者から、非現実的な信念や歪んだ思考パターンを繰り返し教え込まれることで、それが内面化されていきます。例えば、完璧でなければ価値がないと厳しく言われ続けた子どもは、極端な白黒思考を身につけやすくなります。
- トラウマ体験:深刻なトラウマ体験は、認知のゆがみを引き起こす強力な要因となります。虐待やネグレクト、いじめ、事故や災害など、強い恐怖や無力感を伴う出来事は、脳の情報処理に長期的な影響を及ぼします。その結果、脅威を過大評価したり、自分を無価値だと感じたりするような、歪んだ認知が形成されやすくなります。
- 性格傾向:特定の性格傾向や気質は、認知のゆがみと関連することが知られています。例えば、完璧主義的な性格の人は、些細な失敗を自分の価値の全否定につなげるような白黒思考に陥りやすいと考えられています。また、新奇性を恐れる気質の人は、将来を悲観的に予測する傾向が強いことが示唆されています。
- ストレス状況:慢性的なストレスにさらされることで、認知のゆがみが引き起こされたり、悪化したりすることがあります。過度のストレスは、脳の情報処理能力を低下させ、柔軟で現実的な思考を妨げます。その結果、ネガティブな情報に過剰に注目したり、極端な結論を導き出したりしやすくなります。
- 脳の情報処理の特性:近年の研究では、認知のゆがみの形成に、脳の情報処理の特性が関与していることが示唆されています。特に、扁桃体と前頭前野の機能的な連関が注目されています。扁桃体は感情処理に関わる脳部位であり、ネガティブな刺激に敏感に反応します。一方、前頭前野は高次の認知機能を担い、衝動性をコントロールする役割を果たします。扁桃体の過活動と前頭前野の機能低下が組み合わさることで、ネガティブな情報への過剰な注目と衝動的な判断が生じ、認知のゆがみが形成されやすくなると考えられています。
これらの要因が複雑に絡み合うことで、認知のゆがみが形成され、維持されていきます。個人差はありますが、程度の差こそあれ、誰もが認知のゆがみを経験する可能性を持っているのです。
認知のゆがみの形成要因を理解することは、適切な介入方法を選択する上で重要な意味を持ちます。例えば、過去の学習経験が大きな影響を与えている場合には、その非現実的な信念を修正するための認知再構成が効果的だと考えられます。また、慢性的なストレスが認知のゆがみを悪化させている場合には、ストレスマネジメントのスキルを身につけることが重要になるでしょう
さらに、予防的な観点からも、認知のゆがみの形成要因に着目することが求められます。例えば、子育ての中で、子どもに現実的で柔軟な思考を身につけさせることや、トラウマ体験への早期介入を行うことで、認知のゆがみの形成を防ぐことができると考えられています。
認知のゆがみは、複雑な要因が絡み合って形成されるものであり、一朝一夕には修正できません。しかし、その形成要因を丁寧に理解し、適切な介入を行うことで、より現実的で適応的な認知を育むことができるのです。
認知のゆがみへの対処法と介入方法
認知のゆがみに気づき、それを修正していくことは、精神的健康の維持・向上にとって重要な課題です。ここでは、認知のゆがみへの主要な対処法と介入方法について概説します。
- 認知の自覚と再構成:認知のゆがみに気づくことが、修正への第一歩となります。自分の思考パターンを客観的にモニタリングし、非現実的で極端な認知を特定することが求められます。その上で、証拠に基づいて現実的な認知へと再構成していきます。例えば、「完璧でないなら全く価値がない」という白黒思考に気づいたら、「完璧でなくても、十分に価値のある部分がある」というように、より現実的で柔軟な認知へと修正します。
- 行動実験の実施:認知のゆがみを修正する上で、行動実験は強力なツールとなります。自分の歪んだ認知に基づいて予測される結果を実際に確かめてみることで、その認知の妥当性を検証するのです。例えば、「失敗したら周囲から完全に拒絶される」と予測している場合、実際に小さな失敗をしてみて、周囲の反応を観察します。予測とは異なる結果が得られれば、歪んだ認知を修正するきっかけになります。
- マインドフルネスの実践:マインドフルネスは、今この瞬間の体験に意図的に注意を向け、評価や判断を加えずに観察するスキルです。マインドフルネスを実践することで、認知のゆがみに巻き込まれずに、客観的に思考を観察することができるようになります。また、マインドフルネスは、ストレス反応の低減にも効果的であり、認知のゆがみの悪化を防ぐことにもつながります。
- ストレスマネジメント:認知のゆがみは、ストレスによって悪化することが知られています。したがって、ストレスへの適切な対処は、認知のゆがみの軽減にも寄与します。リラクセーション技法の習得や、ソーシャルサポートの活用、適度な運動習慣など、ストレスマネジメントのための多様な方法を取り入れることが推奨されます。
- 専門的な治療の活用:認知のゆがみが強く、自分だけでは修正が困難な場合には、専門的な治療を活用することが求められます。特に、認知行動療法は、認知のゆがみの修正に焦点を当てた心理療法であり、うつ病や不安症などの精神疾患の治療に広く用いられています。認知行動療法では、セラピストとの協働的な作業を通じて、歪んだ認知を特定し、現実的な認知へと再構成していきます。
認知のゆがみへの対処は、一朝一夕には完了しません。継続的な努力と練習を重ねることで、徐々に認知のゆがみを修正し、より現実的で柔軟な思考を身につけていくことができるのです。セルフケアだけでは改善が難しい場合には、早めに専門家の助けを借りることをおすすめします。
認知行動療法の理論と技法
認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy; CBT)は、認知のゆがみの修正に焦点を当てた心理療法です。CBTは、アーロン・ベックやアルバート・エリスらによって開発され、現在では様々な精神疾患の治療に広く用いられています。
CBTの基本的な考え方は、私たちの感情や行動は、出来事そのものではなく、出来事をどのように受け止めるか(認知)によって規定されるというものです。したがって、認知のゆがみを修正することで、感情や行動の改善につなげることができると考えられています。
CBTでは、以下のようなプロセスを経ることが一般的です。
- アセスメント:クライエントの抱える問題や、認知のゆがみのパターンを明確化します。質問紙や面接を通じて、包括的な情報収集を行います。
- 認知のモニタリング:クライエントに、自分の思考パターンを記録してもらいます。特に、強い感情が生じた場面での自動思考(無意識に浮かぶ考え)に着目します。
- 認知の再構成:特定された認知のゆがみを、より現実的で適応的な認知へと修正していきます。証拠に基づいて認知を吟味したり、代替的な見方を探ったりします。
- 行動実験:認知の妥当性を現実場面で検証する行動実験を行います。予測と実際の結果のズレを体験することで、認知の修正が促進されます。
- スキルの習得:ストレスマネジメントやコミュニケーションなど、適応的な行動のためのスキルを学習します。
- 再発防止:治療で得た学びを日常生活に定着させ、ストレスフルな状況でも適用できるようにします。
CBTでは、これらのプロセスを通じて、認知、感情、行動の相互関係に働きかけ、包括的な改善を目指します。セラピストとクライエントが協働的に作業を進め、クライエントの主体性を重視するのもCBTの特徴です。
また、CBTでは、様々な技法が用いられます。代表的なものとして、以下のようなものが挙げられます。
- ソクラテス式問答法:質問を通じて、認知の妥当性を吟味する方法です。
- 認知再構成記録:認知のゆがみと、より現実的な認知を並べて記録する方法です。
- 行動活性化:気分の落ち込みに対して、意図的に活動量を増やす方法です。
- エクスポージャー:不安を引き起こす対象に段階的に近づく方法です。
- リラクセーション:呼吸法や筋弛緩法などを用いて、リラックス反応を引き出す方法です。
これらの技法を適切に組み合わせることで、認知のゆがみの修正と、感情・行動面での改善が図られます。
CBTは、精神疾患の治療だけでなく、ストレスマネジメントや自己成長のツールとしても活用されています。認知のゆがみは誰もが経験するものであり、CBTのスキルを学ぶことは、あらゆる人々にとって意義があると言えるでしょう。
認知行動療法の有効性と適用範囲
認知行動療法(CBT)は、様々な精神疾患に対する有効性が実証されています。特に、うつ病と不安症に対するCBTの効果は、多くの研究で支持されてきました。
うつ病に対するCBTの有効性は、メタ分析によって繰り返し確認されています。例えば、Cuijpersらのメタ分析では、CBTは抗うつ薬と同等の効果を持つことが示されました。また、CBTの効果は長期的にも維持されることが報告されています。
同様に、パニック障害、全般不安障害、社交不安障害など、様々な不安症に対するCBTの有効性も、メタ分析によって支持されています。CBTは、不安症状の改善だけでなく、再発防止にも寄与することが示唆されています。
うつ病と不安症以外にも、CBTは幅広い適用可能性を持っています。例えば、以下のような問題に対するCBTの効果が報告されています。
- 摂食障害:CBTは、bulimia nervosaなどの摂食障害の治療に用いられます。
- 身体症状症:CBTは、身体症状に対する不安や恐怖に働きかけることで、症状の改善を図ります。
- 不眠症:CBTは、不適応的な睡眠習慣の修正や、睡眠に関する認知のゆがみの修正に効果的です。
- 慢性痛:CBTは、痛みに関する認知のゆがみを修正し、対処スキルを向上させることで、痛みの管理に寄与します。
- 物質使用障害:CBTは、物質使用に関連する認知や行動のパターンに介入することで、依存症の改善を図ります。
さらに、CBTは予防的な観点からも注目されています。例えば、うつ病の発症リスクが高い人々に対してCBTを実施することで、うつ病の発症を予防できる可能性が示唆されています。
CBTの適用範囲は、精神疾患の治療にとどまりません。ストレスマネジメント、怒りのコントロール、自己成長など、幅広い領域でCBTの技法が活用されています。認知のゆがみは、臨床群だけでなく健常群にも見られる一般的な現象であるため、CBTのスキルを学ぶことは、多くの人々の精神的健康の維持・向上に寄与すると考えられています。
ただし、CBTにも限界があることに留意が必要です。例えば、重度のうつ病や精神病性障害など、認知機能が著しく低下している場合には、CBTの適用が困難になることがあります。また、クライエントのCBTへの動機づけや、セラピストとの治療関係なども、CBTの効果に影響を与える要因として知られています。
したがって、CBTを適用する際には、クライエントの特性や問題の性質を十分に吟味し、適切な方法を選択することが求められます。また、薬物療法など他の治療法との組み合わせを検討することも重要です。
CBTは、認知のゆがみの修正を通じて、様々な精神的問題の改善に寄与する、エビデンスに基づいた心理療法です。今後も、CBTのエビデンスの蓄積と、適用範囲の拡大が期待されています。
認知のゆがみと精神疾患の関連性
うつ病患者に見られる特徴的な認知のゆがみとして、以下のようなものが挙げられます。
- - 選択的注意:ネガティブな情報だけに注目し、ポジティブな情報を無視する傾向。
- - 自己非難:小さな失敗でも、自分の全体的な価値を否定する傾向。
- - 絶望的な見通し:将来に対して過度に悲観的になり、良い結果を予測できない傾向。
これらの認知のゆがみは、抑うつ気分を引き起こしたり、悪化させたりすることで、うつ病の症状の形成や維持に関与していると考えられています。
同様に、不安症においても、特有の認知のゆがみが見られます。例えば、パニック障害では、身体感覚を危険なものと解釈する傾向(破局的解釈)が知られています。また、全般不安障害では、あらゆる出来事を脅威として捉え、最悪の結果を予測する傾向が見られます。
これらの認知のゆがみは、過度の不安や恐怖を引き起こし、不安症の症状を悪化させると考えられています。
また、心的外傷後ストレス障害(PTSD)においても、認知のゆがみが重要な役割を果たしていると考えられています。PTSDでは、トラウマ体験に関連した脅威を過大評価したり、自分を無力だと感じたりするような認知のゆがみが見られます。これらの認知のゆがみが、侵入症状やフラッシュバックなどのPTSDの症状を引き起こすと考えられています。
認知のゆがみは、他の精神疾患においても重要な役割を果たしていると考えられています。例えば、摂食障害では、体型や食事に関する歪んだ認知が症状の形成に関与していると考えられています。また、統合失調症では、妄想形成に認知のゆがみが関与していることが示唆されています。
このように、認知のゆがみは、多様な精神疾患の発症や維持に関与していると考えられています。そのため、認知のゆがみを標的とした治療アプローチ、特に認知行動療法(CBT)は、様々な精神疾患の治療に用いられています。
認知のゆがみと精神疾患の関連性を理解することは、精神疾患の予防や早期介入においても重要な意味を持ちます。例えば、認知のゆがみを早期に同定し、適切な介入を行うことで、精神疾患の発症を予防したり、症状の悪化を防いだりできる可能性があります。
だし、認知のゆがみと精神疾患の関係は、単純な因果関係ではなく、複雑な相互作用を含んでいると考えられています。認知のゆがみが精神疾患を引き起こすだけでなく、精神疾患の症状が認知のゆがみを悪化させることもあります。また、遺伝的要因や環境的要因など、他の多様な要因も精神疾患の発症に関与しています。
したがって、認知のゆがみと精神疾患の関連性を理解する際には、複雑な相互作用を考慮に入れる必要があります。その上で、認知のゆがみに焦点を当てた治療や予防的介入を行うことが、精神疾患の改善と予防に寄与すると考えられています。
まとめと今後の展望
認知のゆがみは、私たちの感情や行動に広範囲な影響を及ぼす、重要な心理的現象です。特に、過度に強く、頻繁に生じる認知のゆがみは、うつ病や不安症をはじめとする様々な精神疾患の発症や維持に関与していると考えられています。
認知のゆがみは、複雑な要因が絡み合って形成されると考えられています。過去の学習経験やトラウマ体験、性格傾向、ストレス状況、さらには脳の情報処理の特性など、多様な要素が関与しています。これらの要因を理解することは、認知のゆがみへの適切な介入方法を選択する上で重要な意味を持ちます。
認知のゆがみへの対処としては、認知の自覚と再構成、行動実験、マインドフルネス、ストレスマネジメントなどの方法が有効だと考えられています。特に、認知行動療法(CBT)は、認知のゆがみの修正に焦点を当てた心理療法であり、うつ病や不安症をはじめとする様々な精神疾患の治療に広く用いられています。
今後の展望としては、以下のような点が期待されています。
- 早期介入の強化: 認知のゆがみを早期に同定し、適切な介入を行うことで、精神疾患の発症を予防したり、症状の悪化を防いだりできる可能性があります。学校教育の中で認知のゆがみについて学ぶ機会を提供したり、メンタルヘルスチェックの中で認知のゆがみを評価したりするなど、早期介入の取り組みが期待されています。
- 新たな介入方法の開発:CBTをはじめとする既存の介入方法に加えて、新たな介入方法の開発が期待されています。例えば、コンピューターを用いた認知バイアス修正トレーニングや、バーチャルリアリティを用いたエクスポージャー療法など、技術の進歩を取り入れた新たなアプローチが研究されています。
- 個別化医療の推進:認知のゆがみの現れ方や、それへの反応性には個人差があります。そのため、個々のクライエントの特性に合わせた個別化医療の推進が期待されています。例えば、遺伝的要因や脳機能の個人差を考慮に入れた介入方法の選択など、より精緻な個別化が目指されています。
- 予防的介入の拡大:精神疾患の発症予防における認知のゆがみの役割が注目されています。ハイリスク群を対象とした予防的介入の拡大が期待されています。例えば、うつ病の家族歴を持つ人々に対してCBTを実施することで、うつ病の発症を予防できる可能性が示唆されています。
- セルフケア技法の普及:認知のゆがみへの対処は、専門家による治療だけでなく、セルフケアの中でも行うことができます。認知の再構成やマインドフルネスなど、エビデンスに基づいたセルフケア技法の普及が期待されています。スマートフォンアプリなどを活用した、利便性の高いセルフケアツールの開発も進められています。
認知のゆがみは、私たちの心の健康に大きな影響を及ぼす重要な現象です。認知のゆがみのメカニズムを理解し、適切な介入方法を実践することで、より健康的で適応的な心の在り方を育むことができるでしょう。専門家による治療と、日常生活でのセルフケアを組み合わせることで、認知のゆがみをコントロールし、より豊かな人生を歩んでいくことができると期待されています。
参考文献
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