知っておきたい薬剤知識

知っておきたい薬剤知識

この記事のもくじ

ひとつの症状に最初から複数の同系統の薬を処方するのは危険!

2009年3月に放送された『NHKスペシャルうつ病治療常識が変わる』で、野村総一郎先生は次のように指摘しました。
「『薬を増やせば症状を抑えられる』という誤った認識が、現場の医師の多くにある」。 つまり、初診の段階から数種類以上の薬を出していては、どの薬が効いていて、どの薬が副作用を生じているのかわからないということです。
野村先生はまた、「うつ病において、抗うつ薬の処方は単剤処方が原則」と明言されていましたが、私も同感です。 そして斬新な意見だと思いますが「安易な抗うつ薬の処方が、かえって病気を増やしている」という指摘も国内外であります。 正しくない処方によって、病気が複雑になったり、悪化したりする可能性もあるということです。
イギリスなどの諸外国では初期の軽度のうつ状態には、薬物療法よりも、まずは認知行動療法を優先しています。 患者さんの状態や病状の経過をよく確かめず、抗うつ薬をやみくもに処方する、あるいは、ちょっとしたうつ状態でもすぐに抗うつ薬を処方するといったパターンは、考え直す時期にきています。

抗うつ薬+「睡眠薬+抗不安薬」の安易なセット処方は避けるべき

そもそもうつ病の場合、うつの症状として不安、不眠、食欲不振、全身倦怠感などの自律神経症状が出ますが、うつが回復すればそれらの諸症状も軽減されていきます。 薬物療法を行うにしても、まずは基本的に単剤を処方し、中核のうつ症状を治すように治療を進めるべきであって、すべての諸症状に対して、いきなり多種類の薬を処方するのは間違いです。 ですから、抗うつ薬1種類のみで投薬を開始するか、「どうしても夜眠れない」というケースなら、睡眠薬を1種類加えて、合計2種類くらいで薬物療法を開始するのがいいでしょう。
それでも症状が改善しない場合は、同じ薬の量を増量して経過を見るか、薬の種類を変更します。 治療経過中に患者さんが不安を訴えて、どうしても必要ならば、頓服の抗不安薬を1種類加えるくらいが標準的な処方でしょう。
ただし、ここで睡眠薬にエチゾラム(デパス)やフルニトラゼパム(サイレース)などのベンゾジアゼピン系薬物を用いると、抗不安薬もベンゾジアゼピン系なので、すでに2種類の同系統の薬を使うことになってしまいます。 その場合は、非ベンゾジアゼピン系のゾルピデム(マイスリー)やゾピクロン(アモバン)などを使い、それ以上同じ系統の薬の種類を増やさないようにしたほうがいいと思います。
いずれにせよ、抗うつ薬に加えて、無条件に「睡眠薬十抗不安薬」の2種類を必ずセットにして追加する必要はありません。 そして、はじめに使用した抗うつ薬を規則正しく服用して、1~2ヵ月経ってもうつが良くならなければ、別系統の抗うつ薬(これも単剤)に代えるべきです。
「カクテル療法」などと呼ばれる、いたずらに多くの向精神病薬を併用し、そのうちのどれかが効くだろうといった見通しで不必要な薬を処方することがあります。
これは患者さんの精神症状をかえって不安定にしてしまいます。 やむを得ず多剤併用する場合でも、症状を的確に診断し、必要最小限の薬だけ処方するようにしないと、どの薬が効いていて、どの薬が効いていないのか、わからなくなってしまいます。 単一の抗うつ薬のSSRIやSNRI、あるいはNaSSAを順次変更していっても症状が良くならず、経過中に軽躁の症候が見られれば、積極的に躁うつ病を疑うべきです。
躁うつ病の場合には、基本はあくまで気分安定剤を単剤で処方します。 抗不安薬は、逆に躁うつ病の気分の波を大きくしてしまうので、まず使わないほうがいいでしょう。 私なら、躁うつ病には睡眠薬もベンゾジアゼピン系はなるべく避けて、ゾルピデムやゾピクロンなどにします。

躁とうつを頻繁にくりかえすラピッドサイクラー

ラピッドサイクラーは抗うつ薬によって作られるケースが多い
ラピッドサイクラーとは、1年に4回以上の抑うつ、躁状態または軽い躁状態の病相をくりかえすことをいいます。 ひどい場合には、軽快する期間がほとんどないくらいに、躁とうつをくりかえします。炭酸リチウムが効かず治りにくい、女性に多い、あるいは甲状腺機能低下症が関与していることが多い(甲状腺ホルモンの投与が有効)、双極Ⅱ型に多いといった指摘があります。
DSM-Ⅳ-TRのなかでは、ラピッドサイクラーの頻度は躁うつ病のおよそ10~20%であると指摘されています。 このラピッドサイクラー発症の原因は、抗うつ薬によるものだと指摘されています。 抗うつ薬の使用により、躁うつ病の病相の周期が短縮されるようです。 不規則な抗うつ薬の服薬や、長期投与後の急激な中断が、発症の誘因になることもあるといわれています。
予防対策として、最初の治療の段階で、早期にかくれ躁うつ病であることを見抜き、できるだけ早く気分安定剤で気分の波を抑えるようにするべきでしょう。
また、持続的に気分安定剤を使いながら、抗精神病薬(レボメプロマジン、オランザピンやリスパダール)も使い、気分の波が穏やかになるようにします。 病態が落ち着くまで、決して抗うつ薬は飲んではいけません。エチゾラムなどの抗不安薬も論外です。
徐々にぐったりした、気分の波があまりないうつ状態になったら、多少の抗うつ薬を飲んで、さらに安定させるのが理想です。

睡眠薬の上手な飲み方

うつ病、躁うつ病、不安障害などでは、自律神経失調症状の諸症状のひとつとして、不眠症状が出ます。 そこで、軽度の不眠症状に対する処方について述べます。
簡単にいうと、人間は自律神経のうち、副交感神経が優位になって、体の緊張が取れるとよく眠れます。 ですから、副交感神経が優位になるように工夫しながら、睡眠薬の吸収効率と薬理効果の向上を目指します。 患者さんから「睡眠薬を飲んでもなかなか眠れない」、「睡眠薬が効かない」といった訴えをよく聞きます。 これに対して医師は、むやみに睡眠薬の量や、同じ系統の薬の数を増やすべきではありません。
それは先述の通り、とくにベンゾジアゼピン系の睡眠薬は飲みやすいため、多種・大量に飲むと薬物依存になりやすく、また次の日の朝になっても体に薬が残っていて、昼間眠くなったり頭が重かったり、気分の波が大きくなって不機嫌になったりと、いろいろな副作用が起きるからです。
では、どうしたらよいかというと、私のおすすめは以下の通りです。むやみに睡眠薬の種類や量を増やす前に、ぜひ試してみてください。

  • 夕食を早めに摂る
  • 晩酌のお酒も大量(日本酒で1合以上)に飲むとかえって中枢神経が興奮して眠れなくなるので控える
  • 夕食後は水分のみ補給し、一切間食しない(覚醒作用のあるカフェインが含まれるコーヒーや、ウーロン茶などは避ける)
  • ぬるめのお風呂にゆっくりつかる(熱いお風呂は自律神経を活性化させる)
  • お風呂から出た後は、軽い体操やストレッチなどをする
  • リラックスしてくつろぐ(照明や寝具などの環境調整も必要)
  • 夕食を食べてから2~3時間後、少しおなかが空いたかなと思う頃に、睡眠薬をさっと飲んで床に就くと、副交感神経が優位になり睡眠薬がうまく吸収され、薬がよく効くようになります。

もしこのような方法を試しても、不眠がまったく改善されないならば、うつ状態の症状特有の、不安や焦燥感の強い、中枢神経系の興奮による重症の不眠だと考えられます。 この場合は、睡眠薬は増やさずに、別系統でより鎮静効果が強い抗精神病薬(レボメプロマジン、リスペリドン、オランザピンなど)を、今の睡眠薬に上乗せして、興奮を和らげるのがいいと思います。

●そのほかの注意
睡眠で大事なことは、寝る時間を決めることよりも、起きる時間を一定にすることです。 そうすることで1日のリズムが保たれ、やがて就寝時間も一定になってきます。
またお酒に頼って寝ようとする人がいますが、お酒を飲むと睡眠の質がかえって悪くなります。 のどの渇きで朝早く目が覚めたりして、熟睡感が得られません。 アルコールの連用は、うつ状態をますます悪化させ、不快なうつの気分を酒によって紛らわしているうちに、アルコール依存症に陥ってしまうという悪循環につながる危険性がありますから、少なくとも治療中は禁酒すべきです。
薬との飲み合わせの問題もあります。 どうしても自分の力で飲酒をコントロールできない場合は、アルコール依存症の治療を優先しなければなりません。 アルコールとうつとの相性は非常に悪いのです。

妊娠中の服薬について

胎児へのリスクか、患者さんご自身のリスクか
患者さんやご家族(とくに配偶者)からよく「薬を飲んでいて妊娠しても大丈夫ですか?」、「子どもを作るなら、薬は止めたほうがいいですか?」と質問されます。 厳密にいえば、たとえかぜ薬でも胎児にまったく影響がないとはいいきれません。 しかし、胎児への影響(薬害リスク)と、病気を抑えて妊娠を可能にする薬理効果のどちらをとるかは、患者さんやご家族の人生観にもよりますし、一概にいいきることは難しいと思います。
もちろん主治医は相談にのり、情報も提供し、アドバイスもしますが、予測される「薬を止めて得られるメリット」と「止めたことによるデメリット」については、患者さん個々の事情によって異なってきます。
ここでは患者さんの決断のために、参考資料になる最新の情報を提供したいと思います。 一般に、病院で処方されている薬は、体内に入って肝臓の薬物代謝酵素によって水に溶けやすくなり、小便や糞便中に溶け出して体外に排出されます。
この一連の流れを「薬物代謝」と呼びます。
向精神薬(抗うつ薬、気分安定剤、抗精神病薬、睡眠薬など)の大部分は、胎盤を通過して胎児に移行する可能性が高く、母乳中にも入っていきます。 胎児・新生児の肝臓の薬物代謝酵素の活性は、ほとんどない状態です。 したがって、とくに胎児が母体のなかにいるときに、母親が飲んだ薬物が胎盤を通じて胎児側に移行すると、胎児のなかで残留して良くない作用を起こす可能性があります。 奇形を起こしやすい(催奇性)と考えられるのは、そのためです。

胎児への影響-医薬品の危険度分類

すべての薬において、動物実験による催奇性の試験が行われています。 実際の臨床データも加味されて、そこでとくに危険なものから、それほど危険ではないものまで、ランクがつけられています。 向精神薬のうち、気分安定剤、抗うつ薬、抗精神病薬の3つについて、現在の試験データから見た危険度、その対応策についてお話しします。
ランク分けは、米国の政府機関FDA(食品医薬品局)が分類したプレグナンシー・カテゴリーと呼ばれるものです。 現在の試験データから見た場合、ほとんどの薬の危険度は、Cランク、Dランクに相当するものです。 ここでいうCランクの動物実験は、マウス、ラットなどのげっ歯類を使っているのですが、このげっ歯類は、肝臓の薬物代謝酵素量がヒトの100~1000倍もあります。 つまり、実験では体重あたりの薬物の投与量もヒトの100倍以上投与して「奇形が生まれるリスクが高い」、あるいは「低い」といった結果を示しているのです。 ちなみに、抗不安薬もCランクに分類されるものがあり、アルコールはDランク、喫煙はそれ以上に危険であることを示す禁忌のXランクになっています。 なお、催奇性が明らかであるサリドマイドも、事実上の禁忌であるXランクです。
いずれにせよ、抗うつ薬や気分安定剤は胎盤透過性が高く、催奇性が高いDランクで、抗精神病薬のCランクよりも奇形が発生する危険性が高いと予測されています。
睡眠薬ではほとんどがDランクにあるベンゾジアゼピン系より、Bランクにあるゾルピデム(マイスリー)が比較的安全のようです。 また、母乳への移行率も高いので、服薬中は授乳は禁止です。