社交不安障害(SAD/あがり症) 旧称:社会不安障害20

全般的に非主張的、または攻撃的な人とは?

 ときとして、どんな人に対してもどんな状況にあっても、全般的に非主張的であったり、攻撃的であったりする人がいます。いつも非主張的な人は、一見して恥ずかしがり屋で、ほとんどの状況や人に対してオズオズと、引っ込み思案な態度をとっています。人が嫌がりそうなことや、人の邪魔になりそうなこと、葛藤が起こりそうなことは決してやらず、親や権威者が言った通りの言動をとります。自分独自の意見や気持ちを表現するのは不安で、適切なアサーションができません。自分が傷つけられたり、自分の権利が侵されたり、多くの人が抗議するような場面でも黙っています。また、ときには一般的に当然だと思われるようなことにも、いちいち許可を得ようとします。だから人に無視されたり、利用されたりしやすいのです。  このように「全般的に非主張的」な人は、自己否定的で、自尊心が低く、いつも不安で、緊張に満ちた生活を送っています。ストレスの多い生活は、硬い表情や生気のない笑顔、浅く速い息づかいを招きます。神経性の頭痛や腹痛を起こしやすく、ひどい肩こりや下痢に悩まされることにもなります。また、うつ的になって、気分が落ち込んで、食事がすすまなくなったり、眠れなくなったりすることもあります。  このような人とは反対に、どんな状況でも、ほとんどの人に対して攻撃的になる人もいます。アサーションを攻撃的な行動と誤解して区別できないでいる人、人に負けることが嫌いで、常に勝ち負けでものごとを判断しようとする人などは「全般的に攻撃的」になりがちです。「全般的に攻撃的」な人は、一見、自信がありそうで、状況をうまくつかんで、バリバリものごとを進めているように見えます。古いタイプの男性イメージに、多少強引でもすべてを支配できる強い人がたくましく頼りになるというものがありましたが、それを信じて行動しているような人です。  このような人は、人の意見や考えを軽視して会話を独占し、無意識のうちに自分の意見がいつも結論になるように話を進めます。こんな状態ですから、人を傷つけても無頓着なので、多くの人に敬遠されたり、嫌われたりします。人に対して、優位な状態でいないと安心できないので、人の批判や反応をひどく気にし、きわめて敏感です。ちょっとした反応でも、排除されそうな雰囲気を感じると、落ち着きを失い、イライラして、周囲の人に怒鳴り散らしたりします。権威的で、自分の命令に従わせたい親父が、無視されたり、軽視されたりすると、突然怒りを爆発させるなどはこの例です。「全般的に攻撃的」な人は孤立しやすく、いつも愛情飢餓に陥っています。  そして、人をつなぎとめておくために、さらに命令的に相手を自分に引き寄せようとするのです。優しく、穏やかに、つまりアサーティブに人から愛情を得る方法を知らないので、愛情を得るにも、同じ命令的なアプローチになって、人から敬遠されるといった悪循環に陥るのです。ときに「全般的に非主張的」と「全般的に攻撃的」な態度を交互にとる人がいます。「内弁慶」といわれるような、会社では何ごとにも逆らわない従順な人が、家庭では暴君という場合です。男性の子女虐待や不登校児の家庭内暴力、日頃はおとなしく目立たない子が、突然、殺人を犯すといった場合などがそれです。「全般的に非主張的な人」も「全般的に攻撃的な人」も、表現方法はまったく違って見えますが、心の奥では同じ不安定な気持ちを味わっているでしょう。  つまり、対人恐怖の人や人から恐れられる暴君は、表面的な平静さや強がりの裏には、不安、緊張、孤独感などの隠された気持ちがあり、常に気を張っていなければならず、心が落ち着く余裕がありません。また、そのような気持ちの不安からくる「こころの疲れ」や、自己嫌悪の気持ち、投げやりな気持ちなどにさいなまれることもあります。  このように、他者との生活全般にわたって緊張を強いられている人は、まず、そこから抜け出す手だてや、自分を好きになる援助が必要です。つまり、不安や緊張、「こころの疲れ」などを安心して出せる人のもとで、ありのままの自分を見つめること、引っ込み思案にならなくてもよいことや強引にならなくても人は耳を貸してくれることを理解できるように助けてもらう必要があります。個人的にカウンセリングや心理療法を受けたり、または、アサーションーセラピーを受けたりすることが適切だと思われます。