社交不安障害(SAD/あがり症) 旧称:社会不安障害19

非主張的自己表現

〈非主張的〉とは、自分の気持ちや考え、意見を表現しなかったり、しそこなったりすることで、自分で自分の言論の自由(人権)を踏みにじっているような言動をいいます。これには、自分の気持ちや考えを言わないだけではなく、あいまいな言い方をしたり、言いわけがましく言ったり、他人に無視されやすい消極的な態度や小さな声で言うことも含まれます。このような言い方は、一見、相手を立てているようにみえ、相手に配慮しているようにみられますが、暗に「私の気持ちや考え、言っていることは取るに足りません。無視しても結構です」と伝えているようなもので、自分の気持ちに不正直で、もちろん、相手に対しても率直ではありません。  非主張的な言動をしているときは、相手に譲ってあげているように見えながら、自信がなく、不安が強く、それを隠して卑屈な気持ちになっていることが多いものです。非主張的な言動をした後は、「自分はやっぱりダメだ」といった劣等感や、「どうせ言っても分かってもらえないに決まっている」といったあきらめの気持ちがつきまといます。また、相手に対しては、「譲ってあげたんだ」といった恩着せがましい気持ちや、「人の気も知らないで」といった恨みがましい気持ちが残ります。もし本当に相手を配慮し、尊重して同意したり、譲ったりしたのであれば、自分の決断でそうしているので、気持ちはさわやかで、未練は残らないはずです。逆に非主張的な言動をした後では、分かってもらえなかったと思う気持ちや傷ついた感じが残りがちなので、惨めになります。  そもそも自己表現していないので、相手に分かってもらおうと期待することは欲ばりなのですが、つい「黙って引いてあげたのに」とか、「相手を立てたのに分かってくれない」といった甘えや、「思いやりのない人だ」とか、「鈍感な人だ」といった相手への軽蔑の気持ちをもったりもします。このような不快な体験が重なると、不快感は欲求不満や怒りとなって心の中にたまっていきます。たまった怒りは、何度も同じ思いをさせている相手への恨みとなり、あるいは関係ない人への不当な八つ当たりや意地悪となって表現されることがあります。  いわゆる「キレる」とは、「もの言わぬは、腹ふくるる技」のあげく、非主張的な言動が転じて、ある日突然、攻撃的になるのです。逆に、不快な体験をじっと我慢して耐え続ける人もいます。相手との関係に波風を立てないようにするには、自分でその場を治める責任をとろうとするのです。過剰なストレスを自分にかける結果、頭痛、肩こり、神経性の胃痛などの心身症やうつ状態になったり、人とつき合うのがおっくうになったりします。その場では優しく、いい人なのですが、生き生きした感じはなく、無表情で、慇懃無礼な振る舞いをしたりすることにもなりかねません。一方、非主張的な対応をされた相手も、結果的に損害を被ります。まず、同意してくれれば自分と同意見、譲ってくれたときは相手の思いやりをありがたいと思うでしょう。よほど猪疑心のある人でない限り、それが素直な反応です。ところが、そう受け取っていたら、後で恨まれたり、軽蔑されたりするのではたまったものではありません。また優先されてばかりいると、相手は優越感や憐れみの気持ちをもって、逆に、従わせてしまったという罪悪感やいら立ちを感じるかもしれません。

攻撃的自己表現

 〈攻撃的〉とは、自分の意思や考え、気持ちをはっきりと言うことで、自分の言動の自由を守り、自分の人権のために自ら立ちあがって、自己主張してはいるのですが、相手の言い分や気持ちを無視、または軽視して、結果的に、相手に自分を押しつける言動をいいます。したがって、それは、相手の犠牲の上に立った自己表現・自己主張であり、自分の言い分は通っても、相手の気持ちを害したり、相手を見下したり、不必要に支配したりすることになります。  このような言動をしている人は、一見、表情が豊かで、ハキハキものを言っているように見えますが、相手を無視、あるいは軽視して自分のことだけを主張していることになり、相手を踏みにじっていることにもなります。その場の主導権を握りたいだけで「自分が一番」とか「あなたはダメ」といった態度をとり、相手より優位に立とう、「勝ち負け」でものごとを決めようとする姿勢が見え隠れしています。  つまり、攻撃的とは、たんに暴力的に相手を責めたり、大声で怒鳴ったりするだけではなく、相手の気持ちや欲求を無視して、自分勝手な行動をとったり、巧妙に自分の欲求を相手に押しつけたり、相手を操作して自分の思い通りに動かそうとしたりすることをいいます。もちろん、不当な非難、侮辱、皮肉、八つ当たりなども含まれます。また、雑談や何気ない会話をしているときの「だめ押し」や「ひと言多い発言」なども、自分の優位を示すための攻撃的主張となることがあります。  また、年齢や役割が上の人(親・教師・上司など)、権威や権力がある人(専門家・男性など)が、その地位や力を意識的、無意識的に使って弱い立場にいる人に自分の意向を押しつける「パワハラ」や「セクハラ」は、攻撃的な言動ということになります。このような言動をしている人は、堂々としているように見えるわりにはどこか防衛的で、必要以上に威張っていたり、強がっていたりして自分に不正直です。また、自分の意向は通っても、その強引さのために後味の悪いことが多く、それが自分の本意ではなかったことに気づき、後悔することになります。また、攻撃的な対応をされた相手は、自分の意に反して服従させられた気持ちになり、軽く見られ、バカにされた気持ちが残るでしょう。その結果、傷つき、恐れて相手を敬遠し、同時に、怒りを感じて、復讐心を抱くかもしれません。いずれにしても、お互いの関係は、相互尊重にはほど遠く、ギスギスしたものになりがちです。

アサーティブな自己表現

 〈アサーティブ〉とは、自分も相手も大切にした自己表現です。アサーティブな人は自分の人権のためには自ら立ちあがろうとしますが、同時に相手の人権と自由を尊重しようとします。アサーティブな発言では、自分の気持ち、考え、信念などが正直に、率直に、その場にふさわしい方法で表現されます。そして、相手が同じように発言することを奨励しようとします。その結果として、互いの意見が葛藤を起こすこともあり得ると考えます。  つまり、互いに率直に話をすれば、自分の意見に相手が同意しないこともあるし、また、相手の意見に自分が賛同できるとは限らないのです。むしろ、率直に話して意見や考えが一致すれば、それはラッキーなことです。葛藤が起こったときは、すぐさま折れて相手に譲ったり、相手を自分に同意させようとするのではなく、面倒がらずに互いの意見を出し合って、譲ったり、譲られたりしながら、双方にとって納得のいく結論を出そうとするのです。  このような言動は、余裕と自信に満ちており、自分がすがすがしいだけでなく、相手にもさわやかな印象を与えます。また、相手は大切にされたという気持ちをもつと同時に、二人の努力に対して誇らしい気持ちをもつでしょう。また、アサーティブな人に対して尊敬の念を覚えるでしょう。アサーションには、歩み寄りの精神があり、多少時間はかかっても、互いを大切にし合ったという気持ちが残る会話があります。また、話し合いのプロセスでは、より豊かな創意や工夫が生み出され、一人の提案よりは、むしろ満足のいく妥協案が探り出せる可能性さえもあります。そんな相互尊重の体験をすることがアサーションです。  アサーションには、「自他尊重の自己表現」という意味があります。アサーションは、自分も相手も大切にするコミュニケーションですから、「話す」と「聴く」の相互交流・相互作用が含まれています。つまり、互いに率直に、素直に、正直に自分の気持ちや考えを伝え合い、聴き合うという意味があります。  さて、あなたの日頃の言動がアサーティブであるかどうかを知るには、あなたと日常的に関係のある家族、友人、職場の上司や仲間、先生、隣人、親戚などと、どんなつき合いをしているか、思い出して、自分の気持ちに正直に耳を傾け、検討してみることです。その関係の中で、誰か特に支配的な人はいますか。誰かに対して、あなたは卑屈になったり、おべっかを使ったりしていないでしょうか。逆にあなたは誰かを利用したり、軽く扱ったりしてはいませんか。普段、自分の気持ちをオープンに話しますか。それとも、状況によって、相手によって、自己表現が変わることがありますか。  多くの人は、誰か特定の人との関係や特定の状況で、アサーションができなくなることがあります。ある人に対してはきちんと言えるのに、同じことでも他の人には言えないとか、状況によって言えたり言えなかったりするなどです。それは、長い間に特定の人や状況に対してつくられ習慣化された行動パターンが、似たような人や状況の下で表現されている可能性があります。親とか権威者にはどんなことがあっても従うべきだと思っていると、自分が子供の立場や地位のない立場にいるとき、従属的または非主張的になります。逆に、自分が親や権威者の立場にいるときは、攻撃的になる可能性が高いのです。また、過去のある状況下でとったアサーティブでない反応が身についてしまっていて、それを無意識に繰り返している場合もあります。  いずれにしても、特定の人や特定の状況でアサーションができない人は、そのことにまず気づくことが大切です。自分の攻撃的または非主張的な言動を意識することで、行動を変えるチャンスをつかみやすくなります。チャンスがきたら、変える努力をしてみましょう。また、アサーティブな表現法を学ぶのもよいでしょう。なぜアサーティブになれないか、その理由を知ることも役立つかもしれません。「アサーション〈自己表現〉トレーニング」に参加して、実際にアサーティブな行動を身につける練習をすると一段と効果があがるでしょう。